海外から見ても日本の学校教育・過剰な校則はおかしい 時代遅れの日本

日本の学校教育は今の日本の時代に付いてきていない、大変古いままのルールが続いています。

今からもこれからも海外と深くかかわっていかなければならない時代。

日本はこの学校の校則を一変し現代社会、またグローバル的に見て子供たちの考え方や生き方をより飛躍させるために変えなければならない。

 

海外の学校教育と比べてみて、また今の日本の校則のままだと国内だけでなく世界的にも影響があるのではと考察してみました。




フィンランドの学校では髪染めやピアスが禁止の校則はりえない

https://togetter.com/li/1179589『フィンランドの学生に『見た目に関しての校則』があるかとの質問をした所の回答に日本も見習うべき』 より参照

フィンランドの校則は我々日本人から見ると自由すぎるものでした。

 

『世界比べてみたら』という日本の番組でフィンランドの学生に日本の校則を伝えたところ

“私なら絶対そんな学校行かない”

と言い切っていました。

 

実際に日本の校則についてインタビューされたフィンランドの学生たちのコメント

日本の校則を聞くフィンランドの学生
の本の校則を聞いて不思議がる

 

生徒がしっかりと授業を受け勉強するならば”何をしてもかまわない”のである。

 

髪を染めたり、ピアスをしたり、マニュキュアをつけたり、ファッションも自由。
学校での勉強もクッションの上で寝転がりながら、なんて学生もいます。

おしゃれを楽しんでいる

 

タブレットで勉強をする生徒。

ここは先生の授業を受けるのではなく自習として設けられたスタイルのようです。

寝転がって勉強

日本人からしたら馴染みがなさ過ぎて、まるで不良のたまり場かという印象を受けるかもしれませんが、この教育方針に変えてからフィンランドの学生は成績が向上し落ちこぼれがほとんどいなくなったといいます。

 

それと比べて、日本では授業中はしっかり席に座り、姿勢を矯正し、制服の着崩しは禁止し、髪を染めたりパーマを当てたりなど学校が指定していること以外はすべて禁止されている。

 

その校則を破ったら罰を与えられ反省をさせられる。

 

個人的に席に座り授業を受ける姿勢を整えるのはこのままでいいと思います。

 

海外での教育をすべて真似しろとは思いません。

残すべき必要な校則もありますがこのフィンランドの学生たちが言うように見た目・格好に関する厳しい校則については無意味でもあるように思います。

 

日本の学校教育

創造する教育とは

日本の教育の仕方は、個性や勉強より協調性を重んじ、目立たずに生きることが正しいと思い込ませている。

 

自分がしたいこと・表現したいものに気付き始める年代に、それらをすることは間違えである、みんなと同じになりなさいという教育方針。

これにより日本人は判断能力や目の前にチャンスが転がっているのに掴む行動が欧米に比べてありえないほど遅いんです。

 

礼儀がいい、おとなしいとは見た目だけで皆中では反骨精神が爆発寸前なのではないかと思う。

 

勉学に差し支えない事ならばのびのびと自由にさせている国の校則で勉強を学ぶ子供たちと比べたらその差は歴然である。

 

日本学校の校則は落ちこぼれを生み、勉強への意欲をそぎ、自分たちの個を発信できない堅苦しい檻の中に入れられてしまったかのよう。

その不満の行き先は世にいう不良やいじめ、引きこもりなどといった社会問題を引き起こすきっかけになっていると思う。

 

人間は自由がなくなるとそのはけ口を探します。

 

スポーツや食などといった自他ともにとってもいい解消の仕方ばかりではなく、すさんだ心は事件を招くのです。

勉強さえしていれば自分の在り方なんて自由だという方針は、今の世の中にとってもこれからの日本の課題としてもとても必要なものだと思います。

そうでなくても日本は他の国と比べると、規則やモラルや礼儀などといったものを一際重視する、毎日緊張の連続な文化を持っています。
少しずつでいいから、その中でもいらない、無駄な決まり事を省いていくべきだと思います。



今ある校則で生徒たちがどう育ってしまうのか考えるべき

子供が幸せをつかむため

先生方も髪染めやピアスをつけるのがなぜダメなのか、明確な答えを持っている先生が一体どれくらいいるのでしょうか。

 

ただ教育委員会が決めたことだから、不良っぽいから、などという上が決めた事に従いその理由は今ではもう古臭い化石なようなたとえで説明されるのではないだろうか。

 

実際私が学生だった時にただピアスや髪染めはだめだというがなぜダメなのかという理由を言っていた先生はいませんでした。

 

実際に髪を染めなくても、勉強しない生徒なんていっぱいいる。
ピアスをしていなくても素行が悪い生徒はいっぱいいる。

 

逆を言えばその逆もあるのが事実なのです。

 

見た目の校則を解いたところで学校教育に何らかの負の結果を招くといったことはないと言えます。

 

ピアスして勉強しない子はピアスを取り上げても勉強はしません。
髪染めもしかりです。

 

しかし日本の学生が髪を染めをして不良ぶっているのはよく見かけます。

この子たちにとっては校則を破る行為は学校の校則や先生に対する反発心からなっています。

 

ルールで禁止しているから先生たちを困らせたい、自分を見てほしい、何かに不満があるといった欲求からしてしまうように思います。

 

お洒落がしたいから、この髪の色の方が自分らしいから…なんていう考え方で普通は髪を染めてみたいものですよね。
その考え方を制御し禁止することで間違った方向の感情で自己表現をしてしまっているのが日本の校則だとおもいます。

 

何故海外では許され日本ではだめなのか

中国や北朝鮮といったような少し特殊な国でもなければ戦争のない、世界的に見てとても平和な国・日本です。

今では日本と海外では違うから日本のルールは日本が決めるなどということは大人のエゴでしかないと思います。

 

日本の文化を忘却させるようなアメリカ文化を取り入れているのに、世界の学校での成績向上のデータが出ているルールに関してはかたくなに昔のものを貫こうとする。

 

いったい今の若者をどう育てていきたいのか、落ちこぼれ・不良といわれた生徒はどうするのか。

 

個人的にこの落ちこぼれや不良の生徒は感受性が豊かな子が、みんな同じことをしなさいという日本の教育に疑問を持ち馴染めないから起こしているようにも思います。

自分の個性を大事にしたいと自分に合わない環境であることをに気づき自分らしく生きたいのに、それが許されない。

 

日本人の想像力ってものすごく豊かで、世界的に見ても驚くものを作る頭脳を持った人種なのです。

ですがこういう教育だとそれを表に出すことを戸惑ってしまったまま大人になる人が多いのではないだろうか。

 

ユニークな柔らかい頭脳を持っている可能性があるのに、堅苦しすぎるルールの中で息を詰まらせ腐らせてしまっているのではないかと思うこともあり、大変もったいない制度です。

 

校則に従う時代は終わっている

チェックメイト

そもそも日本の校則って勉強以外の事はしてはいけないというものです。

 

今回取り上げたフィンランド、そしてアメリカなど多くの国では勉強さえしていれば何をしていてもいい。

もちろん人に迷惑をかけること以外でです。

 

比べると見事に全くの真逆の教育方法です。

 

今までわれわれが従っていた、または現在進行形系で従っている日本の校則は昔ならではのものだと思います。

昔は高校に入るのもとても難しく大学に入れたならば将来は裕福で安定していることが約束されていたような時代。

 

つまり勉強さえできていれば将来が約束されている、そんな時代にできたルールです。

ですが今では高卒の人間が会社のトップになり有名女優と付き合って月に行けるような時代。

 

学歴社会はとっくの昔に終わっているのです。

 

今必要とされているのは、卓上で勉強することよりも、目の前に突然起こるさまざまな問題を迅速に解決し、そして利益につながるアイディアを持った人間です。

 

学者などといった専門職や研究者にならない限り、難しい数式の答えを出したり、コアな歴史の知識は、教養としてはとても必要なものではあるが、それだけでは日本の社会を動かす力にはならないのです。

 

しかしどう考えても今のままの教育や校則重視のお堅い指導のもとで生徒を育てていても、将来日本を支え海外とも交流できる人材にはなりにくいと思います。



校則を変えればほとんどの学校問題は解決する説

勉強を教える先生

もうかなり定着している言葉・モンスターペアレンツやいじめ、またそれによる自殺などはそもそもは生徒が何らかの不満を持っているからその気持ちを吐き出すために良くない働きを起こしてしまうのが問題。

 

昔からいじめはあったが現代はSNSやLINEなどのツールが発達したこともあり、より陰湿なものへとなっています。

 

いじめが全てなくなることは難しいが、もっと根っこの部分で、子供たちを適度に解放させてやることでこのようなことは起きにくくなるし、そうなれば先生の気苦労の多い仕事もぐんと減るだろう。

 

テストを作成したり授業をどうしようかと考案練ったりする先生としての本来の仕事に時間をさけるはずです。

 

そうなれば授業の質もぐっと上がる。

 

そんなうまい話はないと思われるかもしれませんが、試す価値はあるように思います。

 

何かの小さなきっかけがこじれた結果に大きな事件になっている事がほとんどです。

その小さなきっかけを持ち直すのにもそんなに大きなことをしなくてもいいように思います。

 

校則しか考えないあまり教員は人種差別をしている

日本の校則と外国人

私はこれに関しては大きな問題だと思います。

 

日本人と白人のハーフの生徒で髪の色が栗毛色。

そして緩い天然パーマがかかっている生徒がいました。

その髪の色も・ヘアースタイルも持って生まれたもの。

 

しかし学校の規定だからと先生はその生徒の持って生まれた天然の髪を黒く染めてストレートパーマを当てろと指導したという。

 

これは、人種差別にあたります。

そしてもっと腹立たしいことに、校則を守ることしか考えないあまり、彼らは自分たちの発言が人種差別だということも気づいていないのです。

 

ハーフといった血が混在した生徒だから先生はこのような問題発言をしてしまったのか、それが白人の生徒で髪はブロンドの生徒がいたならば先生はその子に髪を染めろとは言わなかったでしょう。

 

純粋なヨーロッパ人やアメリカ人などいかにも見た目が外国人という人にたいしても髪を染め直せや天然パーマをどうにかしろと言っている先生がいるのかは分かりませんが、

日本人とのハーフといったアジア人の血を引いた生徒には”指導”という言葉を使って最もらしいことを言いながら差別的発言をしている頭の固い先生はたくさんいます。

 

校則自体もそうですが、その子のオリジナルの色を変えることがそもそもの校則の在り方だったのか。

やっていることは北朝鮮の軍隊と何ら変わりません。

 

日本は人種についての考えが他の国と比べてあまりにも無礼であるように感じます。

その無知がゆえに、無意識のうちに差別的な扱いをしていることに気付くべきである。

 

今では外国人留学生や親が外国人の2世の異国の血が混じっている子供たちが日本の学校に交じって勉強しているのは何の珍しいことでもなくなってきています。

日本の状況が日進月歩で変わっているのに先生たちは古い考えを守り抜くことが仕事だと考えている人も多いのかもしれません。

 

このままでは他の国からあきれられて留学生が来なくなってくるかもしれません。

日本は今深刻な超が付く少子化問題に悩まされています。

 

将来の日本のため外国人留学生を受け入れ日本の教育をさせる事や労働者に頼る時代になりつつあります。

今でも外国人の受け入れの拡大などのニュースは絶えません。

 

しかし嫌われては終わりなのです。

どう考えても将来的に海外からの助けなしでは日本はやっていけなくなる時代が来ます。

 

また日本の子供たちも国内にとどまらず世界を見ていかなければならない未来の人材であるのに、このような鎖国的な規則を守り続けては取り残されるばかりか、外から受け入れてもらえないものとなっていくことでしょう。

 

日本の今の状況をもっと把握し日本人が世界に発信できるよう、グローバルに対応できる教育すべきという見解です。

 

日本の教育について無駄ともいえる規則や校則を今一度見直していく時代がすでに来ています。

 

古き良き日本の文化は大切にし、時代の流れに合わせて柔軟に対応して欲しいものだが、日本人は実行へ移すのが遅すぎるのに見ているものは先進国のトップがしている表面的なことばかりと見ていて、一番大事な根本を見逃している。

 

日本は先進国の中でもトップ7とされるG7(先進7か国)です。

時代を担い作る根源でもある教育が古いままなのに先進国のトップを名乗るのは恥ずかしいように思います。