なぜ自分が生きているんだろう 死にたいのに生きている辛さ

なぜ自分が生きているんだろうか。

 

何となく急に考え出してからそれは深いものになった。

まだ『死』なんて意味が分からなかった11歳の夏の日に急に私は30歳で死んじゃうんだ。

なんて考えて自分が30歳になるまでにやりたいことをやろうという生き方をしてきた。

まだ11歳だったのに30歳を節目にしたのはすごいと今だから思う。

男も女も30歳って一つの区切りとして言われている。

 

私はまだ30歳にはなっていないがあと数年でなろうとしている。

正直11歳に死んでしまうと考えてから今まで生きていて大変だった。

 

生きるだけで大変。

私だけではなく世の中にはもっと大変で辛い生き方を虐げられている人もいる。

 

だけどそんな他人と比べてたらキリがない。

ただただ自分の事を考える。

 

何で生きてるんだろう、早くこの命が終わればいいのに。

 

人付き合いが苦手だ。

昔は活発だったが、どんどんどんどん塗り替えられていった。

私の思考は0か10、もっと言うと0か100しか発想できない極端な白黒人間だ。

 

その間がわからない。

そのせいで無理解に苦しんだ、結果的に人と深く仲良くなることを怖がるようになった。

めんどくさくなった。

でも寂しさに負けて、面白そうだなと思って近づいたりもした。

そういう人たちは大体ヤバい人たちだった。

 

自分の感覚がおかしいのか真剣に悩んだ。

もしかして悪霊がついているんじゃないかとも考えた。

自分がおかしいから変なことに巻き込まれるんだとも考えた。

 

それでもこの報酬はあんまりだ。

 

人と仲良くするのが嫌いになった。

仲良くしていても壊れることがほとんどだ。

楽しかった思い出は切なさに変わる。

全部の思い出が負の思い出になる。

楽しかったのにそれにすがろうと思いだしてる自分がみじめでつらくなる。

 

何にも考えたくなくなる。

静かに泣いて消化しようと必死になる。

 

今は寂しさと虚無感を行ったり来たりしている。

昔好きだった本・漫画やアニメ・お絵描き・写真、水泳、一切しなくなった。

楽しい気持ちになりたくなくなったからだ。

楽しい気持ちになってまた悲しくなったらその落差で死にたくなるからだ。

 

アップダウンを無くすため常に下の方へ低迷するようにしている。

 

これがおかしなことに感じるかもしれないが、気持ち的にはとても辛い、毎日つらいけど生活は平和になった。

私にとっての平和は争いがないこと。

楽しかったり、嬉しかったりする感情よりもただ静かであることが平和。

 

なのに毎日毎日、毎朝毎朝、起きてから寝るまでずっとずっと死にたいと考えるのは何故なんだろう。

11歳の時に死ぬ節目とした30歳。

そこから別の意味で私は死にたいと考えるようになった。

死の意味をしっかり理解したうえでだ。

 

居場所がここにはないんです。

いろんなところに行ってきていろんな世界で挑戦してきた。

なのに毎回その根を刈られるように悲劇が起きて居場所がなくなる、才能を伸ばす場所を奪われて精神を殺される。

 

人間は嫉妬する生き物。

嫉妬もするしされる。

それは理不尽な攻撃で一人でそれに耐えるしかなかった。

誰も彼も見て見ぬふりだ。

中には追い打ちをかけるものもいる。

 

なんておかしな世界なんだろう。

人生なんてただの暇つぶしでしょう。

楽しむために幸せになるためにあるのに、それを感じるために辛さがあるならばそろそろその幸せを私にくれませんか。

いったいいつになったら解放されるんだ。

 

人間の醜い感情の渦に巻き込まれたくないし自分もそんな感情を作りたくない。

 

原因は、何かしたときもあるかもしれないが、何もしていないことも多かった。

毎回120%を超える仇が返ってくる。

 

だから外に行くのは怖い。

人と話して関係を築くのも今は考えられない。

 

たった一人でどこかへは行きたいが今はまだその楽しいことをしたい気持ちになりたい活力がないから足が動かなくなった。

脳の一部がとても小さくなったようで、いろんな可能性を考えてはいて視野は決して狭くはなっていないはずなのに、早く死にたくてたまらない。

少し前まで死ぬくらいならなんかやってから死のうと思っていた。

死は時にポジティブな思考を産む。

 

だけど今はそんなことも思わない。

一度思ってそれに従って行動してしまったからだろう、終わった後に残ったのは何もなかった。

 

何も作れなかったし、結局何も得れなかった。

無価値でゴミみたいな私が早く死ぬことを毎晩願って今日も寝ます。