日本人の民度が低い もはや日本人は日本人ではなくなっている

日本人が日本字ではなくなっている

最近の日本人はモラル・道徳精神・マナー・思いやり・さまざまな日本人としての良き部分が消えて行っていると海外からも指摘をされもう10年近くたつのではないだろうか。

 

日本でいう『最近の若者は…』というフレーズと同じで国外からは『最近の日本人は…』という評価になっている。

また目を疑うようなニュースが報道されるたびに日本人である我々も最近の日本人はもはや日本人と言えるのかと疑問に思っている人もたくさんいると思います。

 

日本人とはどんな国民なのか、また今の日本人に欠けているもの、失われていってしまっている物について書いていきたいと思います。




外国人に日本人ってどんな人種なのか聞かれたら何と答えるのか

日本人にとっての日本人とは

日本の事をよく知らない外国人に日本人ってどんな人種って聞かれたら

生真面目・きれい好き・優しい・人見知り・勤勉・協調性がある・保守的…

などなどいろいろなワードが出てくると思います。

一貫してとにかくまじめなのが日本人。

それ故に綺麗好きだったり、働き者だったり、約束事は厳守したり、協調性があったりなど付随してくるわけですからね。

 

特に外国人に私たちのステレオタイプを聞かれたとき、あなたはどのように説明できますか?

 

日本人から見て日本人を説明するってとても大事です。

自分たちの国民性を理解し他国の人たちに聞かれれば説明する義務があると思います。

 

日本人から見ても日本人はモラルがあり、道徳精神・一般常識など他人が嫌がるような、また迷惑がかかることをしない礼儀正しい民族であると思います。

 

日本人の民度が下がっている

電車内で騒がしい若者を見た時『あいつら中国人かよ』と非難。

レストランで騒ぎまくりテーブルを散らかし汚し私物のごみまでおいていくと『日本人じゃない。外人かよ』。

約束の時間をすっぽかしバックレると『韓国人みたいで信用できない』。

基地外じみた迷惑なことを公共の場で仕出かしている者をみると『北朝鮮人だな。』

しかしこれらは全部日本人がしたことです。

 

何故私たち日本人が仕出かしたモラルのなさを他国のマナーが悪いと叩かれている国の名前を出して

“日本人ではない。あいつらはよその国の人間みたいだ”

という表現をするのでしょう。

 

インターネットの書き込みSNSを含め、現実社会でもこのような表現を使っているのは少なくないように感じております。

 

そんなこと言えないくらい私たち日本人のモラルやマナーが乱れています。

責任転嫁にも似た表現をやめ、深く日本人の在り方を見つめるべきだと思います。

 

そもそもこんな表現をしてしまう理由が隣国の中国、北朝鮮を含む韓国などと比べると日本は行儀が良く綺麗好きでとても良心的な感覚をもった人種の国です。

とにかくマナーが良く生真面目でおりこうさんな民族。

 

勤勉で生真面目、海外と比べ不真面目な態度やふざけて騒ぐといったことを嫌う感覚を持っています。

隣の国は日本と比べるとモラルがやや低い民度であると国外内共に認知していた。

 

私も実際に身を持って体験したのは、ヨーロッパや中東などの国で私が日本人だとわかると相手の態度が変わり急に穏やかになったり親切にしてくれたり、興味を持ってくれる外国人が多かった。

海外で宿泊したホテルのオーナーには中国人だったら最悪だけど日本人が泊まるなら大歓迎だよ。

と国を名指しして比較されたこともあったり、

イギリス留学中にステイしていたホストファミリーからは私は日本人大好きよ。まじめできっちりしていて信頼できるから。

オーストラリアでのオウンルームを貸し出していたオーナーからも俺は日本人以外自分の部屋を貸す気はない。

と国名だけで絶賛されることは少なくなかった。

 

中国や韓国に比べ多くの国にとっては日本という国はとても良い印象を持った素敵な国なのです。

これは我々の歴史が築き上げてきたマナーがよい国を多くの国が認知し深くインプットされている証だと思う。

 




食べ物を粗末にする

 

50年以上昔の時代の日本の話を聞いていると日本では食べ物が十分になく、食べ物を残すなんて罰が当たると言われていた。

その文化・風習があったから”いただきます・ごちそうさまでした”という言葉があるといってもいい。

お百姓さんに感謝し、生き物の命に感謝し、ご飯を食べられる。

 

しかし今ではその食べ物を必要以上に生産し儲けを優先している。

ロスとなる食品の事を考えない企業、または残しても捨ててしまえばいいとする家庭が増えてきていることが生ごみの処分にかかる費用で目に見えて現れている。

全体のゴミ処理にかかる費用は年間2兆円と言われており、またその中でも食べ物を燃やすだけで8000億から1兆円とごみ処理全体の約半分が食べ物によるものになっています。

 

最近取り上げられて大きな話題となったのが恵方巻の破棄に10億円がかかる見込みだというニュース。

 

これには続きがあり、企業側の売り上げは250億円にもなったが250億の儲けのために10億のゴミを産んだ結果となっている。

これを『しょうがない』と捉えている今の日本は「食べ物を物として扱っている倫理観が問われている」とゴミ清掃員兼芸人としてコミ処理についての現実を訴えかけているマシンガンズ滝沢さんが見解したのは心に響いた。

 

元記事について以下一部抜粋

恵方巻は全国で10億円超分が廃棄されると推計されているが、滝沢は企業側の売上は250億円としながら、「ということは250億円を儲けたいがために、10億円のロスだったらしょうがないかというふうに捉えている」と主張し、「食べ物を物として扱っている倫理観が問われている」と見解を示した。

さらに滝沢は、「食べ物を燃やすということは市町村の財源が使われる。これは皆さんの税金なんで、食べ物を燃やすということは、皆さんの税金を使うことにもなる」と分かりやすく解説し、「環境省の発表によると、ゴミ処理が年間2兆円かかる。その中で、食べ物を燃やすだけで8000億から1兆円かかると言われている」と語った。

引用:東野幸治、マシンガンズ滝沢のゴミうんちくに驚き「ホンマに芸人さんなのか」

倫理観についてもそうだが、資源は有限であり、命を奪った上に食べ物があることを日本人は忘れてしまっている。

もしくはそれに対するありがたみを感じる心が薄れて行っているように思う。

 

お茶碗にこびりついた米粒一つ残すなと育ったものからすると、この企業規模つまり国レベルで日本人が食べ物を粗末にすることに抵抗が無くなってきているのはとても憤りと悲しさを感じます。

 

もったいないという言葉が世界では翻訳できないといわれている。

日本という歴史があり文化だからこそ生まれた言葉。

日本人のもったいない精神はどこに行ってしまったのでしょうか。

 

SNSを使って悪質なおふざけをおもしろがっている若者

Twitterでの流用動画をスクショ

ここ最近特にTwitterなどでコンビニやチェーン店で働いている学生が悪ふざけをしている動画をよく見かける。

出元は主にInstagramである。

これらのSNSに不適切な動画を投稿して面白がっている若者が増えていることをTwitterで炎上し、その後テレビメディアへと大きく取り上げられている。

 

くら寿司の厨房で鮮魚をさばいた後にその魚をごみ箱に捨てて、また再びゴミ箱から取り出しまな板に戻す映像はかなりの炎上となりニュースでも報道された。

 

 

これを発端に似たような事件の映像が取り上げられるきっかけとなり、コンビニ、ファミレス、などで不衛生な行為、または売り物としてある商品を破壊したりそれで遊んでみたりするなどの悪ふざけが過ぎる動画が出回っている。

 

くら寿司の件に至っては損害賠償を本人に請求するか、刑事民事裁判の話まで出てきているがこの話題に対し

“低賃金で学生なんかを雇うからだ、責任者がいないのはおかしい、バイトに責任を負わせるのは重過ぎる”

などと、企業を責めるコメントもやや見受けられる。

 

しかし個人的にはこれは一般常識に反し私利私欲のために行った行為にしか見えない。

これが社会に対する不満や抗議などでしているわけではないことから彼らが罪を受けるべきだというコメントの方が理にかなっているように思う。

 

この若者が一般常識・モラルやマナーを考えず面白いと思い映像を公開する感覚。

自分のみならず企業の信用を失わせる行為がなぜここまで悪化ししてしまうのだろうか。

 

マナーや常識に対する教育がなかったのか、彼らがこれをして大事にはならないと思ったから仕出かしたのか。

もしそうならこれは今の大人たちに大きな問題がある。

今の若者が一般常識が欠落し、海外から見てもおかしいと思える行為を平気でしてしまっているのは日本の風習が変わってきているのではないだろうか。

 

楽しければ他人や街がどうなってもいい

毎年東京でのハロウィンやカウントダウンイベントなど人が多く集まる行事では過激な事件が起きています。

2018年10月31日に渋谷でのハロウィンイベントでは軽トラックを横転させその上に半裸の男たちが昇って楽しんでいる映像や画像が出回った。

ここまでくると迷惑行為、危険行為というのは絶対に分かっているはずだ。

しかし悪ふざけをしても止めるのは警察くらいだろう。

 

ここまでされると関係のないただ周りにいた一般人からすると驚きと、関わりたくないという思いから遠ざかってしまうのは仕方がないことのように思う。

 

また2018年11月30日~2018年12月31日の期間に代々木公園ケヤキ並木から渋谷公園通りでの区間でクリスマスイベントとして『青の洞窟』と称された青いライトで通りがブルー一色に染まるイベントがあった。

 

そこでのゴミの量と放置の仕方は酷いものだったという。

これは見たところゴミ箱の大きさがゴミの量に追い付いておらずゴミ箱の周りにあふれかえっているが、それでもゴミを持ち帰るという判断よりあふれたゴミに紛れさせて捨てている者が多いからここまでの事態となっている。

 

どうせ誰かが掃除する、自分たち以外にもやっている、誰も見ていないし少しくらいいいだろうという人が大多数いるとこうなってしまう。

 

常識のない人間がいるのは放任したから

私がまだ小学生の時代だった2000年前後にはもうずいぶん減っていたようだが地域でお叱りおじさんおばさんがいた。

 

子供たちの遊びを見守りつつ他人に迷惑をかけたり公共のものを壊しそうなときなどはしっかりと叱ってくれた。

これはしてはいけない行為だからやめなさいと。

子供の時は地域のお叱りおじさんたちが怖くて仕方なくて怒られたくないがために良い子でいたが、その結果、無意識だった悪意を良しくするようになり、行為への抑止欲が”一般常識とはなんだ”という判断材料の糧となったのは大きいと思う。

 

しかし今では子供が悪さをしていたり、電車で騒いでいても昔ほど注意する大人は減った。

激減したように思う。

注意したとしてもやや的外れな怒り方をする大人がいるもんで生意気盛りの子供たちからすると反発精神が出てきて余計こじれてしまう。

 

注意するにも正しさとは何かというのをしっかりと伝わらなければただの喧嘩となってしまうのです。

 

昔のような正統派の街のお叱りおじさんおばさんは姿を消しつつある。

 

数年前から感じるのは、幼稚園の年少クラスの子たちが店の出入り口や店内、はしゃがれては困るような場所で騒ぎながら走り回っているのに対し親はママさん友達同士で会話に夢中で一切無関心である。

何か事件が起きてから急に慌てだす。

 

昔働いていた店の店長から聞いた話だが、5歳ほどの子供が店の出入り口で他の客の事など気にもせず自分たちの遊び場のように走り回っていた。

その子供は段差に躓き大理石に頭をぶつけ血まみれ状態の大惨事になった話を聞いた。

 

親はそれまでは友人との話に夢中で子供の泣き声でやっと気づいたという。

その後も子供のその事態に混乱しどうしたらいいのか分からず、結局店のオーナーだ救急車を呼んであげた言いました。

 

注意するどころか事件が起こるまで気づかないほど教育を放置している子供。

これは育児放棄ととっても良いだろう。

それなのに学校や教育の施設に預けだすと先生にすべてを任せ、何かあれば責任を先生に押し付ける。

 

1人でも子供を育て教育するのは難しい話ではあるのに、放任していたのにもかかわらず他者に教育を丸投げするのは無理な話である。

 

家庭や街全体、国全体で日本の次の担い手の教育を放置している。

それを学校の教員にすべて押し付けても育つわけがない。

 



日本は良い部分は輪としてみんなの財産にするが、悪い者にはしっぽを切る

善悪の問題orモラルの問題

日本の国民性からみると協調性を重んじて、良くも悪くも保守的である。

 

同じ考えや、感覚を皆が持っているのが心地よく、教育の仕方を見ても個性は失うがそのおかげで変に感覚が逸脱した人間も生まれない。

みんながみんなとても平均的な考えや感覚を持った人種です。

 

善き部分を理解した常識の備わっている日本人に対して、日本人は仲間意識を持つが、その仲間が1部変な行いをすると途端に手のひら返しだ。

それがこの記事上部にも書いた

“あいつらは中国人かよ”

という言葉が生まれたり、SNSで広まったバカッターと呼ばれる若者に対しては徹底的な制裁を願う。

 

私自身もそういうモラルが無い人達には罪を意識し罰を受けるべきだと書いたが、少し考え方を変えると冷たい国民性だなと感じる。

 

日本人の民族性・国民性をみると良くも悪くもグレーな表現を好む。

よく言えばはっきりと物事を言えず濁すことで相手を気遣う、悪く言えば優柔不断ではっきりしない。

 

悪いことをした者にペナルティを与えることは当人の更生に至っても、世の中の人間の怒りを抑えるためにも良い。

しかしこうも同質の事件が続いているということや、彼らがやっているのは犯罪につながる迷惑行為。

 

つまり日本全体レベルで見て一般常識が欠落した結果に起こったことであるので、これもまた日本全体で常識やマナーといったモラルが薄れて行っていると私は感じます。

これに対しては日本は昔からトカゲのしっぽ切りのような態度で示しているのは、冷たくも思うし都合よくもとれる。

 

グレーな態度を良しとしているならばもっと違った見方ができるはず。

 

事件を起こしてしまったものに制裁を願ことも分かるし私個人も賛成であるが、その次に繋がることをしなければならない。

まずは自身が1人の日本人として思いやり、教育、また一般常識とはと考え行動すべきではないのでしょうか。

 

私が言いたいのは、犯罪者にもチャンスを!という話ではなくモラルがなっていない者にはその段階でそれらを正すべきだとということ。

迷惑行為やモラルがなっていないがため行為がエスカレートし結果的に、営業妨害、不法投棄などなどあらゆる犯罪に発展していっている。

 

島国文化のためか、異質なものを徹底的に嫌うのが日本人だが、今の時代の流れを見ていると異質なものを除外していくだけの対策では根のある雑草の上だけ刈っているだけでまたどんどんどんどんそういう人たちが出現する。

 

一般常識を唱えるよりも自分自身がよければよいという自己主張の塊の人間が作り出した結果です。

 

私が思うに日本人はあまりにも他人に無関心になりすぎた。

それが日本人が日本人としての善い国民性を殺す結果になっていると感じます。


モラルが分かる国民であることに誇りを持とう

日本人と言えば生真面目で律儀、勤勉などがあげられるが近年の日本人はそれが無くなってきている。

それをモラルが無い、一般常識のない無礼な奴ら、不真面目と評価をしているのも海外からの評価より日本人が強く批判しています。

 

世界的に最先端な国と言われているアメリカやイギリス・フランスなどに比べて日本は圧倒的に物にあふれています。

物がありすぎるためそれが当たり前と化し、手に入らないものが無くなっている現代。

 

そんな感覚から日本人の昔ながら大切にしてきた日本人らしい感覚が薄れていき、物を大切にしなくなった。

また教育を国全体で見て見ぬふりをした結果とも感じる今回のSNSなどの不適切な行為の事件。

 

世代によってよいうより時代の流れにより日本人の善き部分が薄れてきていて変わってきてしまっている。

それをただ叩き潰すことに徹底しているが個を追撃しても意味がない。

国レベルで更生しないことには日本はずっとこのまま変な方向に向かって行ってしまうように思う。

 

日本人は表面ばかりを見すぎていて内面で何が起こっているのか分析し損じている。

根が腐っていてはよいものは育ちにくい。

 

日本人一人一人が

“他人事だから、自分には関係ない”

と他者への関心が無いのが最も大きな原因にも思う。

 

しかしそんな他人に無関心な日本人だが、日本人のよいところはモラルやマナーがなっていないことに気付ける国だというところ。

 

モラルのない国もたくさんあり、本当にびっくりするぐらいありえないことを平然としている外国人も近くで見てきたし一緒に生活もしてきた。

彼らにとっては国自体が一般常識やモラルといったものが低いので気付かない人も多い。

 

しかし日本はモラルがなっていない者たちにたいしてモラルが無いと判別できる。

日本人の根っこの奥深くには日本人が作り上げてきたモラルや常識が備わっていることになるのです。

それは絶対に大切にしていきたい。

 

輪という文化を大事にするならば良くない行為をしてしまった者の根源を探り、切り離して終わるのではなくみんなで教育していこうという姿勢が欲しいと思います。

それが再発を無くす手立てではないでしょうか。