かわいそうと思う心理 他人を下に見たいから可哀想と思っている人

『かわいそう』という言葉をどのようなシチュエーションでどのような相手に使っていますか。

 

気の毒で、不幸な巡り合わせ、事故・事件、勘違いなどで良くない結果になってしまった…など相手を不運に思い同情する時などに私は使います。

またそのものに対して何とかならないのか、助からないのかという感情にもなります。

 

辞書にある『かわいそう・可哀想』の意味

弱い立場にあるものに対して同情を寄せ、その不幸な状況から救ってやりたいと思うさま。同情をさそうさま。
「 -な身の上」 「 -に、またしかられている」

参照URL:https://www.weblio.jp/content/%E5%8F%AF%E5%93%80%E6%83%B3

 

しかしなんだかしっくりこない『かわいそう』の使い方をしている人を多く見かけ、その使い方にいつも違和感を感じていました。

 

その人たちが使っていた『かわいそう』という言葉のシチュエーションやそこから分かる心理について考えてみたら使い方を間違えてると思いましたのでそのことについて書いていきたいと思います。




人を見下したいから『かわいそう』と言う

店で働いてた時毎日といっていいほどクレーマーがやってきた。

とにかく変で悪質なクレームが多かった。

 

内容は

友人にプレゼントで貰ったカレンダーのサイズが不適切だと意味の分からない内容でキレてきた70代くらいのおばあちゃん。

友人に言え!

 

以前購入してしばらく使っていたペンの先が壊れたといきなり怒鳴り込んできた60代くらいのおじさん。(壊した)

そのペンシルのタイプを見たら数年前の代物。

そんな古いのを使った上で見た目もボロボロで壊れたといわれても説得力がない。

 

何も商品を買ってもおらず、そしてその日も何も買いもしなかったのに店員を巻き込んで商品にケチをつけて帰っていく暇としか言えない5.60代のおじさん。

何しに来たん。

 

スタッフ全員きょとん顔。

 

こんなことが1つや2つだけでなくほぼ毎日のごとくありました。

 

これに怒りを感じて殴れたり怒鳴れればなんて気持ちの良かったことか。

しかしそんなこと今の日本の社会システムでしてしまってはこっちが抹殺されます。

 

あーイライラする なんて思っていると同じようにクレーマーの態度を見ていた店長が

“かわいそうな人って思っておけばいいのよ。”

またパートで働いていた主婦の人も

“きっと寂しいし暇だからしているのよ。かわいそう。”

 

と発言し『かわいそう』って思っておけばいいのよという考えで怒りを納めているように見えました。

またそれに対して周りにいた学生スタッフも

“そうですよね。あの人かわいそう。”

と同調し始めて、次からくるクレーマーに対しても可愛そうだから仕方がないという目で見るように変わっていきました。

 

これに対して私は一切『かわいそう』とは思わなかったし、そういう思考になっている周りに対して、

その感覚の発想は違うと思うけど、どう説明したらいいのか分からない・感覚の不一致さにモヤモヤを感じました。

しっくりこないというか。

 

本来可哀そうとは弱い立場にあるものを不運に思い同情するときに感じる感情である。

何度も言うが別にクレーマーに対してかわいそうなんて思わなかったしむしろ弱い立場はこちら側(店員)である。

 

この一連の事件から『かわいそう』と言われる流れについて全くお店とかかわりのない人に話してみた。

 

その人は

“それはただその人たちがクレーマーを下に見ているだけ。下に見て馬鹿にしてるような発言だね。”

と言われ、これだと気づきました。

 

他人をかわいそうと評価することで相手より上の立場から見ているから、下の者がなんかごちゃごちゃ言ってるわぁ

と対等に見ていない。

 

本来の意味の弱い立場の者に同情ではなくただ相手の位(レベル)を下に見て卑下しているだけのように感じた。

 

それにより怒りや憤りに対してごまかせるかもしれないが、それは間違った使い方だと思いました。

 

クレーマーを変な奴でみじめな考えしかできず可哀そう…と思うことで自分はそれを受け入れ寛容に受け流せる大きな人間だ。

優越に浸っているが、これは勘違いでしかない。

 

クレーマーだろうが変な奴だろうがその人たちに対してかわいそうと発言してしまった時点で私からすると同じフィールドにいる人間にしか感じなかったから。

 

一方は見た目で分かるように相手をののしり、ののしられた方は相手が消えてから見えないところでののしっている。

後者の方が陰湿だなと思いました。

 

確かにクレーマーやこういうおかしな人間から危害を加えられたら、もうその人と分かち合える事はないのでこちら側が折れるしかない。

まぁ本心言い返したいけどね。

 

しかし私の周りにいた人たちはそれを『かわいそう』と思うことで処理しているのが違和感だった。

 

そしてこの間違えた『かわいそう』と思うことは世間的に見ると別に珍しいわけではなく、意外と多くの人がしているというのも分かりました。

もしかしたら自分もシチュエーションが違うだけで同じことを思ってしまったこともあったかもしれない。

 

それほどメジャーな価値観で、ほとんどの人がその間違った『かわいそう』の使い方をしているように感じます。

 

もういっそのことはっきりとムカつく奴だ、頭のおかしな奴と言ってくれた方が清々しいし『かわいそう』の言葉の本来の意味を履き違えることはないと思う。

 

同情する言葉は時に相手を卑下し見下している言葉にもなっています。

その使い方で良いのか悪いのかという話ではなく、ただただ変な使い方をする人が多いんだなという話です。