海外に行って黒人の友達ができてから変わった人種差別への意識




黒人って何となくかわいそうとしか思っていなかった

日本の番組やニュースなどで人種差別の話題や、アートの世界からも人種差別をテーマにした訴えはよく見かける。

色の濃い肌を持つ人への態度の違い。

 

私が黒人の友達ができる以前の黒人に対しての感想は本当にただただ他人事の話でした。

(今も他人事ですが)

 

私は正直黒人に対しては差別されててかわいそう、なんで白人主義者はこんな酷い差別意識をもっているんだろうという一般的な感想しかなかったです。

同情はするがそれについて深くは考えないし、歴史なども特に調べたりはせず本当に軽くしか思った事がありません。

 

留学のためイギリスの学校に通っていた時に同じ寮に住んでいた男の子でコートジボワール出身の黒人の子がいました。

彼はすごくフレンドリーですぐに仲良くなれました。

 

黒人の友達ができたことと、身近に黒人がいる環境に住み、そこで出会った日本人留学生や黄色人種(アジア系)の留学生たちに黒人に対する考えやイメージなどを直接聞けたりもしました。

 

白人も周りにいましたが私からは直接彼らに

“黒人についてどう思う…?”

なんて聞くことはできませんでした。

 

そんな話題に触れなくても留学先のみんなは人種関係なく仲が良かったですし、少なくとも私の周りにいた人たちは肌の色による差別を如実に態度に表していた人はいませんでした。

 

オーストラリアに出向いた際にブラジル人の男友達ができたのですが、ブラジル人と一言に行ってもいろんな肌の色の人がいました。

他の国の血が混じっていない純血のブラジリアンは肌が褐色です。

白人系ブラジル人は白人そのものですが目や髪はブラウンや黒の人が多い。

日系ブラジル人は日本人そっくりです。

 

オーストラリアで友達になれたブラジリアンの彼の肌は褐色系でしたが色はそこまで濃くはありませんでしたが、時折自分の肌の色を指して

“醜い”

と表現していたこともありました。

その理由として同じ国同じ人種だけど、ブラジルでは面白いほどに肌の違いにバリエーションがあることに気付き、比較対象が身近にいるから気にせざるを得ないのかなとも思いました。

 

私は海外留学を通して黒人や褐色系の肌を持つ人たちと接する機会が多くありましたが、差別されているような負の面での印象を彼らからは感じませんでした。

 

また彼らと仲良くなれたことで、以前の私の考えと比較でき人種差別について考えるきっかけになりました。
 



 

人種差別されている黒人が同性愛者を馬鹿にする

イギリス留学の話です。

 

黒人の男の子が私の担任の先生・ゲビンについて話していた時に同席した時の事。

彼と私は英語のレベルが違うのでクラスが違い先生も違いますがゲビン先生はちょっとゲイっぽいと生徒たちから言われていて、ある意味有名な先生でした。

特に男の子たちはよくそれをネタにして食堂カフェで笑っていました。

 

私はゲビンの印象は怖くて緊張する人と正直思っていましたが、授業と教え方についてはコンセプトを感じられ好きだったこともあるが、ゲビンがゲイかも定かではなくただ”ゲイっぽい”というだけで笑いものの対象にされていたのが腹立たしと感じていました。

 

 

ある日、数人の留学生グループの中に私たち日本人の留学生とコートジボワールの黒人の子たちとで談笑していました。

メンバーはコートジボワールの黒人、トルコ人、スイス人、韓国人、白人系ブラジル人と私たち日本人2人でした。

 

いつもは授業の愚痴や出来事などを話していたのですがこの日は少し過激な話になり、黒人の男の子が男性同士の同性愛者について差別的な発言をしていました。

 

内容は私の担任の先生ゲビンを取り上げた話題でした。

 

“同性愛者は気持ち悪い。

もし自分の友人の中でゲイがいたら俺は友達をやめる”

とまで言っていました。

 

それを聞いていたもう一人の日本人の留学生は、グループが解散した後に個人的に黒人のあの発言について感じたことを話してくれました。

 

“とても言いにくいしかなり偏見的な考えだとは承知だけど
黒人って奴隷とされていた人種なのにそういう差別的なこと言わないでほしい。”

 

私はこれを聞いたときすぐに呑み込めなかったんですが数日かけてじわじわ考えるようになりました。

 

私に限らず日本人が黒人に対するイメージって奴隷されていた歴史があり、差別されている人種。

乱暴そうで怖い、などというイメージが少なからずあるのではないでしょうか。

 

全く黒人の知り合いがいなくてもそう思ってしまう強い先入観。

 

実際に黒人の歴史的に見ればそう捉えざるを得ない。

 

その留学先で知り合ったコートジボワールから来た黒人が差別的な発言をしていたことについて、

もしほかの人種である黄色系や白色の人たちが彼と同じようなゲイを差別する発言をした場合は、同性愛差別の理解・無理解に限らずそういう考えもあるよねと本人たちの人種を突っ込んでまで責めはしないと思うんです。

 

ただ黒人が何かしらの差別発言をすると一気に違和感を覚えるのは納得してしまいました。

 

この時私は以前まで黒人に対して気の毒な歴史を持ち、時にそれらに立ち向かい時に服従させられやはり可哀想だと思っていた考えが少し変わった。

この日本人が言っていたことを理解できる時点で私も黒人を差別的に見ていたことに気づきました。

 

なんかちょっとしんどくなりましたね。

どう処理していいのか分からなくなり、やはり私は日本人ですので深くは考えられても所詮は他人事。

 

いつでもこの考えをやめることができるし、かわいそうにと思うこともできるし、差別的な目で見ることもできます。

 

肌の色の差別を作品を通して訴えるブラジリアンアーティスト

TEDでこんなムービーに出会いました。

 

 

一人の写真家の女性です。

彼女はブラジル人であり、自身の肌の色をダークチョコレートのような色と表現しています。

 

そして彼女の家庭は様々な色の肌を持つ家系だったらしく幼いときは肌の色について意識したことがなく育ったとのこと。

ですが学校に行き始めてから自分の肌の色に劣等感を感じ、特に美術の時間では肌色という色がピンクに近い色だったことに彼女は混乱したそうです。

 

また肌の白い人と一緒に歩いていると奴隷と思われていたしたと涙を堪えるように語っています。

 

悪気がなかったとしてもやはり他者(主に白人)からの差別意識は根深い。

それらの歴史を知らずに生まれてきた黒い肌を持つ若者たちにとっては本当に過酷なことなんだとこの人の講演で考えさせられました。

 

生まれ持ったオリジナルのもの、どうやっても変えられないことで差別を受けるってどれだけ辛いんだろう。

 

この講演をしていた彼女のすごいところはその想いを写真アートにしてみんなに考えてもらおうと活動しているところ。

 

彼女は肌の色をテーマにいろんな人種の被写体を撮影しています。

写真を撮ったらそのバックをモデルの肌色のだいたいの色を占めている色に置き換え、その作品をたくさん並べたとき本当にいろんな肌色があることに気づかされます。

 

この活動は肌の色が濃いから共感できる、白いから黒い人に対して私は白人で良かった、黒人はかわいそうとかそういう考えではなく、どの人種にも同じテーマとしてみてもらえる作品のように感じました。

 

白人でも千差万別に肌の色が違う。

なのに黒人や褐色系をひとくくりにして差別する認識。

 

私は日本に生まれたから肌の色による差別を深く考えたことは今までありませんでした。

共感もできない。

 

でも海外に行って彼らに出会って直接話をして関係を築いて自覚したこの意識はとても大きなもののように感じました。

 



 

日本人が言っていた黒人に対しての素朴なイメージ

“黒人の男の子と話さなかったら黒人は怖い人ってイメージのままだったな。”

と上記とは別の日本人留学生がポロリと発言した言葉です。

 

彼女には特に追求はしなかったけど日本人らしい意識だと思いました。

 

人種差別について疎い国であり疎い人種としておそらくトップレベルだと思うのが日本だと思います。

日本はそういったところではまだまだ無頓着で鎖国的です。

 

だからこの日本人が言った言葉はとても何気なく、自然な感想でした。

 

“先入観の一部が違っていたわ…。”

といった感覚です。

 

これくらいの感覚の人が日本人の大半だと思います。

 

日本は外国人との交流が無さ過ぎて差別に対して鈍感

大学の時にユダヤ系の学生が日本は住みやすいと話していました。

 

それは何故なのかというとヨーロッパやアメリカなどはユダヤ人として私を見て差別します。

でも日本ではその他大勢の外国人として私を見るためとても気が楽だと話していました。

 

島国ということもあり歴史的に見て日本人は人種差別にあまり縁がなく、何となく周りの国(特にアメリカ)の態度を見て人種差別には触れてはいけないんこと。

他人事だし、関りがなかったからよくわからないし…といったところでしょう。

 

黒人だけでなく白人に対しても当たり障りなく接する生活を送っていると思います。

 

 

日本は国レベルで外国人に対する差別することがあまりない国。

 

なので私たち日本人は比較的外国人を受け入れやすい感性を持っていると思います。

言葉が通じないから怖いという概念ではなくあくまで人種的にという意味で。

 

日本はいろんな国を客観的に見れる国の一つにも思うので、だから他人事のまま評価や意見、考えを表現するにはとても適した国にいる人種ではないだろうか。

 

所詮は他人事、だから余裕ができ客観的に考えられることもあるんだと思いました。

 

ただ認識をしないあまり、無意識のうちに人種差別に当たる言動をしていることもまま見受けられます。

今後外国人が増えていくであろう日本では、彼らのセンシティブな面での認識をもっとしっかりしていかないといけない時代になってきていると思います。