平和なのに日本は生きづらいと感じる理由 | 海外と比較しておかしいと感じた日本人の常識

10か国ほど海外に滞在し、中には留学やワーホリで長期滞在した国もありました。

海外で仕事して生活した経験があり日本にいた時と同じような生き方をしてきたけど、海外は言葉が通じないことや日本のように何でも手に入らなかったりなどの不便さや食文化、気候の違いなど体調を崩したりしてそれなりに大変だったけど、圧倒的に生きやすい世の中でした。

 

しかし日本に帰ってくると、また苦痛で孤独で毎日疲れる何の楽しみもないつまらない日常が始まるんだと、夢から覚めたように現実世界に引き戻される感覚になります。

日本ほど娯楽がある国はほかにないのに何故なのか。

 

最初は海外に旅行として遊びに行っていたからだと思っていましたが、海外で働いた経験もありそれなりにコミュニティもでき、長く暮らしてきて感じたのはやっぱり日本はどこかおかしいし、人が生きづらい世の中なんだと気づいた事でした。

 

日本から出ずとも生きづらいと感じる国であり、海外に出てその生きづらさは何なのかに具体例がいくつか浮かび上がってきたのでまとめていきたいと思います。




日本は生きづらい考えを教育で植え付けている

日本の教育は個性を殺す

日本の教育は良くも悪くもアベレージ(平均)な能力や知識を教育するやり方です。

突飛して賢い人間や、逆にどん底なほどの馬鹿を作らず、適度な知識を学習させてみんな平均点がとれるやり方。

 

アメリカやヨーロッパの教育は幼少から個人が向いている、伸びしろのある分野を特化し強化させる教育です。

これって偏った知力の人間になるんじゃないかと思われそうですが、1つの事に強い人間はその分野で強くやっていける。

また自分が伸ばしたい世界を知ることで個性が確立され、周りの環境も自分に見合ったものになってきます。

 

しかし日本のように器用貧乏な人間に育てた場合、平均的にどれもまぁまぁできるけどかといってすごい強みがない。

自分に何が向いているのか分からない。

教育でも個性より協調性を重んじることでより自分とは何なのかと長い長いモラトリアム期間から抜け出せない。

 

人が生きやすいと思える一つで、生きがいを見つける事です。

その生きがいを見つけられる第一の最も重要な期間が個性を失くし、みんな平均的な能力を身に付け、その中で苦手なことが見つかって得意なことが見つかっても、平均値に持っていくためにとりあえず苦手を克服しようと負の面を持ち上げることに力を入れているのが日本です。

 

この教育はデメリットばかりではなく皆同じような水準の知識があることは国の知能レベルが安定し常識が一般で通じる文化ができるので決して悪い事ではない。

しかし、やりすぎな部分も大いにあると思う。

 

特に学校教育機関での日本の古臭い校則のほとんどは日本と同じ先進国である欧米諸国から見たら異常だといわれている。

日本の教育の仕方や校則は戦後の時からほとんど変わっていないんです。

一部の海外の教育専門家からは日本は未だにこんな古いことをしていることに残念に思うとまで酷評されている。

 

他を思い協調性、調和をとることに重きを置いている日本ですが、それってやりすぎると洗脳になってしまい結果的にどこにも自分という個性がないまま、何となく生きていることにつながっていると感じる。

 

 

個性はおかしい奴と卑下し排除する【みんな同じが良い?】

自分を出すことがいけないこと

生きづらいと何となく感じる事の代表って個性や意見など自分を主張することができない環境だと思います。

 

みんな同じ考え方、同じようなファッション、同じような髪形、流行の食べ物を食べて、何となく働いて、飲みに行ってそして家に帰る。

この繰り返しの生活。

 

一人でも周りと違う格好や考えを持った人は異質であり、もっと言うと排除しようとまでするのが日本の文化であるように思う。

東京では他の地方に比べてまだ周りに対して興味が薄いためか、これらの価値観は薄いが、それでも海外と比べると異常なほど個人の見てくれや行動に干渉し異質な奴だという目で見ている人が多い。

 

それ故に平和が保たれているのかもしれないですが、逆にいうと新しいことを取り入れる事ができないとも捉えられます。

みんな同じで居続けるってことは古いままでいいっていうような感じが今の日本には強く感じる。

 

決められた流行に従っているような状態。

自分がしたい事やってみたいこと、表現したいことが何なのかも分からない。

 

だけどなんか違うと感じるから生きづらいと思ってしまう。

 

他人が決めた物事に従って自分がしたいことに気付くことなく包み隠そうとしているのが日本なんだなと海外で暮らしてより強く感じるようになりました。

海外ではほんとにラフな格好から個性的なファッションや髪形で髪型で自分が自分である事を楽しんでします。

 

しかし海外の人たちは良い意味で他人に興味がなく、そんな自分が主張したい個性をオープンにアピールしても誰も何も気に留めません。

めちゃくちゃ楽です。

だって人の目を気にしなくていいんですから。



苦労することが偉いという風潮のプレッシャーに従う

プレッシャー

苦労は若い時こそ買って出ろというほど苦労して生きることに美徳を持っている日本人。

もちろん外国人でもズルしたり楽したりする行為で財を得ても善いなんて思っていない。

外国人だろうが日本人だろうがみんなまじめに働いています。

苦労するべきことは苦労しろというのは世界共通ではあります。

 

しかし苦労への仕方が日本と海外とで違うなと感じました。

 

日本人って才能がないことや今後続けていても仕方がないことへでもいつか芽が出る時がきっとくると不確かな信念で行動して辞める事をしない。

これって教育や働き方でもそう。

頑張ればいつか成れるよとか、最初は合わないかもしれないけど苦労は報われるよとか。

 

分かりやすく例えると、人助けをしたくて医者を目指そうと日々勉強しても根本的に向いていないと気づく。

これに対して頑張ればきっと成れるや、周りも今まで頑張ってきたんだからと当人も続けることを辞めれません。

しかし海外でははっきりと”君には向いていないから辞めて別の道探した方がいい”と言います。

すごく辛辣ですが、この諦めさせて自分には向いていないと気づかせてくれるだけで別の方法で人助けをしようとルート変更ができるわけです。

他にも人を助けられる方法はいくらでもあり、医者でなくても薬剤師や看護師、消防士などいろいろある。

 

その人の個人の能力はその人だからあるわけで、他の人が難なくできることができなかったり、逆に周りができないことをやってのけてしまう。

それが個の能力であるのにみんな同じように頑張れば同じ結果だついてくるって信じている人が多い。

 

別に自分が納得してそれでも頑張りたいって思うならやり続けるべきだと思う。

自分の人生ですから。

 

しかし日本人の苦労や努力の仕方って周りからのプレッシャーにこたえなければっていう生き方をしているのように感じました。

 

頑張りや努力って他人の期待に応えることに変わってしまい自分のためではなくなってきてはいないでしょうか。

その生き方って結局は自分の人生って言えるのか少し考えれば分かるはずです。

 

日本人のコミュニケーションはロボット的

接客とはマニュアルに従う事

めちゃくちゃディスっている内容ばかりですが、特に接客に対しては大いに感じるのが日本人はなんかロボットみたいだなと。

 

マニュアルがないと分からないロボット的な考えの日本とイレギュラーな対応にも人と人とが話す事をモットーにおいている対人関係を楽しむ外国人。

 

日本ってコンビニでもスーパーでもいらっしゃいませーピッピッってレジ通して流れ作業で客との会話ほぼ0ですよね。

化粧品売り場とかなら逆に笑顔振りまいてすごく絡んでくる。

 

その店が教育していることに忠実な感じがするんですよ。

 

そうじゃないところは昭和以前から続いているような老舗や商店街のお店なんかで、人と人のふれあいを大切にしているようにも感じるがこういう店も見なくなりつつある。

 

海外でのお店はどこもとてもフレンドリーで接客マニュアルを感じませんでした。

 

オーストラリアのアイスクリーム屋さんの店員の黒人の女性がアイス選びを手伝ってくれて楽しんでねーと言ってくれたり、ハンバーガーレストランに行った時はどこから来たの?オーストラリアの暮らしはどうだい?と雑談してくれて会話を楽しもうとしている。

 

お客さんとか関係なく一人の人同士として話しかけてくる気さくさがあったんですよね。

 

他にもスーパーのレジで感じたことだけど、レジの人とお客さんが会話が弾み次の人のレジになってもそのお客さんは話し続け、レジの人もそれを楽しみながら次の人のレジをしていたんです。

しかもこれ全然珍しくなくて日常的にいろんなお店でありました。

 

日本では例えお互い知り合いでも次のお客さんの番が来たら会話を止めて立ち去るか、店側がまた後でと断りを入れる。

 

でも海外では働いている人とお客という立場より人と人との関係を大切にしているように感じました。

またこれらに対して周りの客も特に何も言わない。

会話楽しんでいるんだなぁといった感じで、待たされても何も言わないし、彼らの会話がいけないことだとは思っていないようでした。

 

日本だったらイライラし始める人が出たり注意する人とかもいますよね、そうじゃなくても店側の人が注意したり。

 

仕事なんだからそれ以外するなっていうのが日本は強い気がする。



金のために働く日本と自分の楽しみのために働く海外

仕事と金への価値観

つくづく思うのが日本人の働き方の多くはしがみついて働いている事。

そして休みの日も仕事の事を考え、家族や自分よりも会社の事を軸に考えている。

 

それが理由かは分からないが、日本人男性は家事をしないランキング世界ワーストを独占しています。

仕事をしていることが何よりも偉いと考えているのかもしれない。

 

まぁでも別に全ての人に言えるわけではないが少なくとも私が日本で働いていて、また周りとの会話で感じたことです。

 

お金がなければ困ることも多いけど、そもそもそのお金は何のために得ているのか。

自分の幸せや楽しみの為なはずなのにお金を稼ぐことが楽しみになっていて、それ以上がないんですよね。

 

外国人はお金ももちろん大事だけど家族との時間や自分のプライベートに重点を置いて、それを楽しみより豊かにするために仕事をしてお金を得ている。

大切な人のために生きることって本当に理想的だと感じました。

また欧米は有給消化や育休など日本では取得すらしづらい事がやすやすとできる。

 

欧米は職場が社員を拘束していない世の中であることも大きいが、日本は逆に従い過ぎていてなんだか怖い。

 

こうやって仕事のためお金のために生きすぎていて自分の時間が持てず、ふとした時に何のために働いているんだ…と楽しみがないことに気付く人が多い。

 

また2019年6月に行われたG7で明らかになった。

日本の若者(10~30代)の自殺者はG7ぶっちぎりの1位であり、未成年の自殺者数は前年比32人も増え599人と報告がされている。

 

引用:https://mainichi.jp/articles/20190716/k00/00m/040/245000c

 

若者が日本で生きる希望や生きる意味さえ分からず、死ぬ場所に居場所を求めているような状況であるが日本はこれに対して何か大きな対策はしていない。

生きづらい世の中のまま変わることなく続いていくことが日本であるようで、これからの時代若い世代にとっては生き地獄な世の中になっていきそうだと思います。

出会いが見つかる安心の老舗優良マッチングサイト PCMAX