ネガティブは悪い事じゃない 自分を受け入れることで楽に生きよう

考え方の価値観 ポジティブとネガティブ

一般的に明るく前向きな、ポジティブな人になりたい、なるべき、その方が魅力的だからと感じている人多いのではないでしょうか?

 

私は学生の頃から物事を考えすぎるあまり一歩前に踏み出すことや、何かを意見したり、また人とつるむのが苦手でした。

相手の少しの言葉を深く受け止めてしまい悪い方へ考えて関係が切れる…なんてことも少なくなかったです。

 

周りからは”考えすぎ”といわれもっと明るくなれば?ポジティブに考えなよとアドバイスをされてきました。

ですがこのアドバイスにいつも違和感を感じていました。

 

まるでネガティブであることが良くないことで悪であるといわれている。

これも考えすぎなのかもしれませんが、毎度毎度言われると自分の個性とも呼べるネガティブな部分も否定されているようでつらい時期がありました。

 

ネガティブであることを認めよう

負の感情は持つだけでしんどいし、なぜか明るい気持ちに比べ持続する時間が長いです。

こんな自分を変えたい、変わりたいのに変えられない、それがまた自分を追い詰める。

 

そんな気持ちを繰り返してしまう人が少しでも楽になれば、そしてネガティブでも全然いいんじゃないかという考え方を伝えたいと思います。



 

なぜ人はポジティブであることをすすめるのか

なぜ人はポジティブな人が好きなんだろう。

暗い、重い、ネガティブな人間を疎んじたり、もしくは前向きにさせようとマインドチェンジすることをすすめるのか。

 

1つはメンタル的な病気が一番大きいように思います。

精神的に病んでしまう要因の大半を占めていしまう負の感情は持っていても自分を苦しめるだけです。

 

2つ目は負の感情を持った人は周りに影響を与えやすい。

周りに暗い人がいたらなんか嫌ですよね。もしくは元気になって欲しいと思うことでしょう。

 

これらは至極普通のことで、何かに落ち込んでいたらそこから救ってあげるようとその落ち込んでる人の根本の考え方、思考の運び方に対してアドバイスしたくなります。

でもネガティブな考えってそうそう簡単に変えられない。

私はそのままそれを持っていていいと思うんです。

 

ポジティブな人が好かれるのは一緒にいて楽しい、刺激がある、楽、周りに人が寄ってくる。

人は楽しいことが好きです。

ポジティブであれということは人生を楽しめってことです。

 

ネガティブな人といると疲れますしめんどくさいときがあったり、相手が暗い場合は自分にもそれが移り楽しくなくなります。

落ち込んでしまうかもしれません。

つまりいいことないんですよ。(笑)



でもネガティブな自分を受け止めきれず悩んでいて、無理に明るくなろうとしてる人たくさんいると思います。

 

今回私があてたい焦点はネガティブな感情ではなく考え方の話です。

何が違うのかというと感情を作るのが考えです。

 

自分が持っている考え方がたまたま世間一般でいる後ろ向きなものであり、そのせいで感情までもがネガティブになってしまっている。

 

個人的に思うのがネガティブな人ってそれ自体が個性なんです。

ネガティブってアイデンティティなんだと思うと少し受け取り方が変わりませんでしょうか。

 

ネガティブな自分を受け止めて自分を知る

ポジティブであるメリットとネガティブであるデメリットを書きましたが、ネガティブな考え方がどんなにデメリットであってもそれを否定しないで欲しい。

 

他人が考えすぎだとか明るく考えようなどといったアドバイスをうまく受け取れないときはそれはあなたがまだそのことについて悩んでいたい、忘れたくないということです。

周りのペースに飲み込まれると混乱してしまいますし、暗い自分がいけないんだと責めてしまいます。

 

それよりもそんなネガティブな自分を認めて欲しい。

暗い、重い、いつも悩んでるネガティブな人で、明るくなりたいこんな自分嫌だと自己否定して欲しくないなと思います。

その暗い状況にいるだけで十分しんどい。

なのでその状況をあえて自分が作ってしまうのは能力であり、仕方のないことであり、それが自分自身だと受け止めて、それらを踏まえて前を見れたらたぶん周りからのアドバイスでは自分を変えられないことに気付くと思います。

 

そうですね、ネガティブな人って頑固なんです。

 

自分で自分の負の気持ちを受け止めれたら自分を少し理解できるはずです。

そしたらその負の気持ちに対するコントロール方法がわかってくると思います。

コントロールと書いた理由は、ネガティブな感情を消し去る必要はなく、それをうまく抑えるだけでいいと思うからです。

 

考えてしまうことは仕方がないし、それによって生まれた感情もまた仕方のない現象です。

仕方ない、抗えないと諦め認めると不思議と楽になります。



私が言いたいのはネガティブな自分を嫌いにならないで、無理にポジティブであろうとせず、

万人受けしなくてもそれが自分だからとネガティブな部分全部ひっくるめて好きになって欲しい。

 

どうやったら明るくなれるのかという考えをやめる

人と比較したり、人から言われたからといってまたそのことで悩んでいたら沼にはまったようなものです。

いくら周りがアドバイスしてもネガティブな考えをしてきている人はそれを変えることが困難です。

 

それなのに万人が大好きで、見るからに楽しそうな人たち=ポジティブな人に憧れます。

どうやったら彼らのようになれるのか、またはなんで自分はネガティブなんだ、明るくなりたいと思ってしまうのではないだろうか。

 

私から言うと、そんなものに無理になる必要はない。

また明るくなるというのは成ろうとしてなっているのではない。

 

そういう考え自体おかしなことなのです。

ポジティブになろうとしてなっている人もたくさんいるみたいですが、それって本当にポジティブと言えるのでしょうか?

なれる時になれればいい。

自然体で慣れたときが正しいと感じる。

 

深く周りの基準と比較せずひとまずこのままでいいんだと考えることを止めることも一つの手だと思います。

 

自分自身を否定するのはとても辛くて何の生産性もありません。

誰も自分をかばって、代わりに生きてくれる人なんていないです。

自分のことがどんなに嫌な時でも自分を弁護することは大事なことです。

 

周りを巻き込むネガティブはダメ

かまってちゃんは個人的にOKです。

人は構われたい生き物で構いたい生き物です。

ですが周りに必要以上に迷惑をかけるほどのネガティブな感情は外に出さない方がいいです。

 

自分の中でとどめて認めて受け止めて理解した時に、どうしても外に出したいとなれば、出してください。

そこまで考えていたら周りも不快には感じないと思います。

ですが周りの事を考えずブラックな気持ちをぶつけてしまうのは、自分のこともコントロールできない恥ずかしい人間のすることです。

 

気持ちをコントロールするのは難しいですし、特に負のものは無理に近いことが多いでしょう。

その前に考え方の時点で自分を認めて理解していくことで、感情に変わった時にまた違ったものになるのではないかというのが私の持論であります。

考え方は無理に変える必要はなくむしろ大事にして欲しいけど、周りを不快にさせてしまう負の感情は自分でコントロールできるように。

 

そうすることで、自分自身がたとえ世間一般の明るさ基準というものがあるのとして、それと比べると些か暗いネガティブな思考を持った人間であったとしても、自分のその“個性”を理解していたら周りとの人間関係も変わってくるように思います。

 

相手を思いやることはどんな時でも忘れてはいけない。


まとめ

伝えたかったことをまとめますと無理に周りが求める明るい自分にならなくてもいいのです。

ネガティブであることで自分が今しんどいから変わりたいと思っている人もいると思います。

ですが明るくて楽しそうな自分になりたいけどなれない人もたくさんいます。

 

なぜネガティブであると辛くなるのか。

それは自分を否定してしまっているからです。

 

その自分を否定してしまったり責めてしまったりなどの自己を苦しめる考え方、それらを受け止めることで少しは楽になるのではないでしょうか。

ネガティブは全然悪いことではない。

もっと自分基準でみて、そんな自分が好きだと思ってもらえたらと思います。