日本人は優しくない 海外に行って思った日本人の人助けはめんどくさいから関わらない

日本人は親切で優しいと海外でも多くの国でイメージづけられているし日本人自身もそうだと思い込んでいることでしょう。

 

私が海外に行って欧米の人たちと関わった時に日本人は常識があるけれど困っている他人に対して手を貸すことにはとてもマイナスであると感じました。

何故なら欧米の人たちは日本人だったらめんどくさい、関係ない、だから関わりたくない事柄にも積極的に協力してくれる力と、その問題に立ち向かうための団結能力がとても高かった。

 

欧米人と日本人とのコミュニケーションの取り方でネガティブな問題に対するかかわり方が全く真逆でした。

ここだけを見ると日本人は優しい国民だとは言えないんじゃないかと思ったのでそのことについて書いていきたいと思います。



欧米と日本とでの困難に対する解決の仕方の違い

海外に行ってとても助けられたのが欧米人の困っているなら見逃せない、そして団結して物事を解決しようと動いてくれる姿勢です。

 

実際に私がイギリス留学をして感じた話です。

 

学校の寮に住んでいたのですが途中からクリーナー兼寮母の人が変わり、そこから寮がめちゃくちゃ汚くなったんです。

はっきり言って生活できない、住めないレベルまでいきました。

そのことを当時私の他にもう1人日本人の寮生と一緒に学校の事務室に訴えに行きましたが何の効果もありませんでした。

 

悩んでいたら他のルームメイトが私たちが悩んでいるのに気づいてこう言ってきました。

“なんで悩んでることを言わないの!

1人2人で事務に訴えにいっても誰も相手にしない。

私はもう自国に帰るけどあなたが困っているなら私も協力するから。”

 

そのルームメイトはキルギスと言う国の人でした。

キルギス人は見た目はアジア人のようなのですが考え方や行動のとり方は欧米そのものでした。

 

彼女はもう一人のキルギス人で友人のルームメイトのにも声をかけ他にも韓国人やトルコ人、スペイン人などの寮メイトたちに私が寮の部屋が汚いことで悩んでいることを伝えてくれたり、みんなで学校に言いに行こうと団結してくれ、また問題の当事者であった寮母とも話すきっかけを作ってくれたりしました。

 

その行動力にはほんとに驚いたし、また声をかけたことでみんなも行動に移してくれることを知りました。

 

日本人が正しいと思っている問題解決法は無意味

私たち日本人は当事者以外の人に問題を話したりして助けを乞うことにたいして消極的です。

問題を抱えた者たちだけで行動しがちで、時にはそれはたった一人でする場合も少なくない。

 

海外でももちろん自分で何とかできる問題は一人でするが、誰かの助けが必要だと感じたときには拒まず発信しているように思う。

 

留学生活の話に戻して、私たちはそのキルギス人の留学生がもう国に帰るから関係ないので面倒ごとに関わりたくないだろうと思って相談しなかったんですね。

 

それ以外にも日本人以外の他の寮生も寮が汚いとは言っていたけど学校の事務室に言いに行くほど真剣ではなさそうだったので、私たちが悩んでいることを相談したところで理解されないだろうと思い込んでいたんです。

 

当時私は日本人同士でしか理解できないとも考えていたため、もうすでに寮を出てしまった別の日本人の友達には相談していました。

 

“私はもう寮を出てるから関係がないし、そんな人間が訴えに行っていいか分からないけど一緒に行こう。

学校に訴えに行くの付き合うよ”

 

とその日本人も協力してくれましたが、周りの寮生を巻き込んで大事にしようという発想はここでも生まれませんでした。

 

このやり方は日本人なら普通の事だと思う。

 

また結果的に私一人で訴えに行ったことも少なくなかった。

 

今回のように問題を抱えている当事者であり、同じ悩みを持っている人たちやその問題に少なからず関りがあった人、問題を抱えている人に同情したからからと協力はしてくれるのは日本人でもいますが、その行動規模は小さいものです。

そんな小規模で訴えに行っても何の力にもならないけど、私たち日本人の行動はこういうのばかりです。

 

そのキルギス人(欧米人)は寮に住んでいたので関係なくはなかったが本人は自国に帰るからもう関係なくなるし、まだ住んでいたとしても訴えるほど気にしていないようだったが、同じ寮メイトであった私たちが困っていて少人数で学校に訴えに行っていたという事を知って彼女はどうせ行動するなら派手にしないと、私たちもやるからと協力してくれた。

他の人も集めて規模を拡大して訴えに行くという行動は『クレーム』から大きな『事件』となり、周りの人間の見方も変えるほど影響を掴みます。

 

日本人は大事(おおごと)にすることを避けますが欧米の人たちはおかしいと思う事については大事にして訴えることが普通なのです。

 

いくらおかしいことでも少数の声ではどこの国でも誰も応じないのが当たり前。

だからおかしいと思うことはみんなで団結してから行動に移すのが欧米のやり方なのです。

 

留学していた中で一番と言っていいほど、大陸の文化と島である日本の文化の違いを知った時でもありました。

こう見ると日本はまだまだ鎖国しているんだなと感じます。

 

欧米の人たちの考えは個人での行動はただのクレームで終わってしまう。

だからことを大きくして1つの事件として戦おうとしてくれる姿勢は

“こういう時こそ他人に頼って戦うんだ、そして周りも助けてくれるんだ”

と大陸国の団結力からくる強さを感じました。

 

日本人のように困っていても個人で行動し解決しようとするのは世界目線で見ると無意味であり、ただただコミュニケーションが下手なだけなように思う。

 

 



日本人は人助けをする人を偽善者と言う

日本人のコミュニケーションが海外と比べると下手だと言われているのは問題が起きたときに個人で動くか団結して動くかの違いが大きいと書いてきました。

 

日本人は主にめんどくさい、関係ない、時間が経てば終わってる、誰かほかの人が助けるんじゃないか、と他人事はあくまで他人事で関わることが面倒だからという理由で助けようとはしないんです。

 

このことを欧米の人がもし知ったならば驚愕の事で、異様な目で見られることは間違いないです。

日本人ってそんな非道なのか…なんて思われても仕方がないです。

 

実際にこの話題を欧米人の人にしたとき

“なんでそんなに冷たいの?困っている人がいるんだよ”

ともっとな意見をいわれました。

 

もし自分にとって直接関係のない事件に首を突っ込んで人助けをする人、また誰かがするであろう手助けを積極的に行う人たちの事を日本人は『偽善者』『おせっかい』などといって卑下する風潮があります。

 

日本では偽善者と言われ異質な目でみられる行動は、欧米からするとそうじゃないんですよね。

 

むしろ最近はやっているSNSを使って迷惑行為をしている人を拡散してインターネット上で叩いている人が偽善者です。

 

彼らは正義感からやっていると言っているようだが、直接戦えないから陰(ネット)で言いたい放題言っているのは正義なんでしょうか。

より陰湿な行動だと私は思います。

 

 

誰もが見ておかしいことや腹立たしい事件、目の前で困っていそうな人がいたり、またそれがたまたまその場で居合わせただけの関係の人や言葉の通じなさそうな外国人でも欧米の人たちは当たり前のように手を貸してくれます。

 

海外旅行していた時にマップを広げているだけで、

“どこへ行きたいんだ?”

と毎回のように誰かに声をかけられた。

正直言葉が全く分からなかったけど身振り手振りで教えてくれた。

 

道に迷ったときや、間違えた電車に乗ってしまって困っていた時に私はその国の言葉が全く分からなかったけど、とにかく誰かにアクションを起こせば電車に貼ってあった路線図を使って説明してくれて降りる駅で

“ここだ!ここだ!”

という風に降りろとジェスチャーで合図してくれた。

 

日本人の多くは外国人と言うだけで言葉がわからないを理由にし逃げてしまう人がほとんどです。



不当な扱いを受けた人を助けるために立ち上がる欧米人

2019年の春になってからの新しいニュースですがロシア人の女性教師がInstagramに自身の水着写真を投稿して、それが不適切であると学校側が指摘。

 

その結果なんと解雇にまで追いやられた事件が日本でも報道されました。

 

学校側は当初、問題の沈静化のために即時退職を求めたが、Kuvshinnikovaさんを支持する保護者たちの声もあり退職は免れていた。しかし、同僚たちに挨拶も拒まれ、根拠のない噂を流される状況が続いたことを苦にして、彼女は自ら退職することを決めたという。

この一連の騒動を受けて、ロシア国内では学校側への批難が殺到。4月3日現在までに、インスタグラムには「#учителятожелюди(教師だって人間だ)」というハッシュタグと共に教師たち自ら水着や下着を着た写真が16000件以上投稿されている。

詳しい記事:https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/russian-teache-swim-suit

 

私もニュースでその水着姿の画像は見たのですが、そんなにきわどい物でもなく、ロシア人の女の先生はただ寒中水泳を楽しみますという内容でその写真を投稿したようです。

出典:https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/russian-teache-swim-suit

問題とされた写真がこちらです。

 

学校側が彼女をクビにまで追いやるものではないと多くの人が学校側を批判する結果にもなった。

 

この先生の生徒の保護者が署名活動をし、また同じ女性教員である人たちも上記抜粋文章にあるようにInstagramでこんな行動も起こしています。

ハッシュタグ『#』の後に『教師だって人間だ』とタグ付けされみんな水着や下着姿の写真をアップしていたんです。

 

クビにされたロシア人の女性教員に対してやりすぎな処罰だとみんなが団結して動かした。

 

結果的に学校はクビを取り消したがこの女性は復帰することはなく退職しました。

しかし学校という組織の行動を国民が団結して覆したのは事実です。

 

このニュースを見た時感動したし、その団結力と行動力はやっぱり欧米人にとっては当たり前の行動であるとも改めて思いました。

日本にはない文化ではあるが、この行動こそが必要でそして重要なんです。

 

私が思う日本人って困っている人や不当な扱いを受けた人を助ける事よりも迷惑行為をしている問題の人を叩く方に目が行きがち。

問題の根源を叩きつぶすというより、ただ口で愚痴るように非難して終わるだけで、その事柄を正しく矯正させるほどの積極的な行動にまでは発展しないことが多い。

 

日本在住のアメリカ人が語る『日本人って冷たい』

アメリカ人で日本に来てまだ間もなかった友人の話です。

 

その時彼はまだ日本語が片言だったのですが、仕事で分からないことが出てきて職場の先輩に疑問を投げかけました。

 

内容は物の名称が日本語と英語とで違っていたためそのアメリカ人がすぐにその道具のことを認識できなかったので、それはなんですか?と聞いただけなんですけどね。

それに対して日本人はそんなのも知らないのか、知らないなら調べろと教えてくれなかったそうです。

 

また片言の日本語しか話せなかったため、日本人相手ならちゃんと答える内容でも、相手が外国人と言うだけで

“私は分からないから、ごめんなさーい。”

と逃げて行く人が多かったと話していました。

 

この感覚は日本に来たときはかなり困惑したと話していました。

 

簡単なことだから常識だからと、自分で調べろと教えない。

そして言葉の壁を感じるから、外国人だからという理由だけで質問内容も聞かずに立ち去られた。

 

欧米だったらまずありえないって話されていました。

困っている人がいたらその周りに群がるように人が集まってどうしたんだ?と聞かれる。

それは外国人だろうが初対面だろうが関係なく。

 

なのに日本では困っている人が、知らない人・例えば道で迷っている外国人だった場合いったいどれくらいの人が声をかけるんでしょうか。


日本人が優しくないと思う瞬間

例えの話ですがこの話題についてアメリカ人と盛り上がった例を挙げて日本人と欧米人の親切さや優しさについての比較を書いてみます。

 

車いすの人がバスや電車を利用する際他者の手助けが必要です。

バスに乗りたい車いすの人を乗車させる手助けをするのは日本では運転手のみです。

 

そして車いす専用の固定場にもし人が座っていた場合、運転手の人が声をかけて移動を願わないとどいてくれないことがほとんど。

その他の乗客にはどかす権限がないからです。

 

しかし欧米ではバスの乗客やバス停にいる一般の人がみんな手助けし、声をかけ合います。

“みんな席までの通路を開けてくれ!

車いすの人が通るんだ、手伝ってくれ。”

こんな感じでその場にいる人たちが助け合います。

 

欧米では運転手だけではなくみんなでその車いすの人とその方が乗車するのをサポートしている運転手を手助けするのは当たり前なのです。

 

公共機関で運転手や駅員意外で乗降が困難な人に手を貸している一般人を私は日本ではまだ見たことはありません。

もちろん中には手を貸してくれる親切な人もいるが、それが一般的ではないくらい少ないのです。

 

周りもそういった手助けは私たち一般人がする必要がないと考えているんじゃないでしょうか。

 

それが欧米では真逆だった。

日本の常識がおかしいのではないかと思った瞬間でもありました。

 

弱い立場のものを日常生活での一コマレベルの出来事でも助けることに非協力な日本人は親切でも優しいとも言えないんじゃないでしょうか。

 

昭和中期ごろまでの昔はそうではなかったのかもしれないが、現代の日本人は自分たちは関係ないと思い込んでいてスマートフォンの情報に集中し、そんな人をわざと視界にもいれない人も今では多いように感じます。

 

またほとんどの場合周りの人が明らかに困っていたとしても、『それはあなたがやるべき事でしょう』と見ているため日本人は手を貸すこともしません。



揉め事やトラブルに関しては見て見ぬふりの日本人

外に行けばたまに見かける日常の一コマ。

マナーが悪い人を注意して相手に逆切れされてしまい、言い争いになるトラブルって生活していてどの場面でもよくある話です。

 

そこで日本人はそのトラブルを陰から動画にとってネットに上げて拡散し当人たちが知らないところでめちゃくちゃに叩くが、そのトラブルが起こっていた現場では他の乗客含めてだんまりなんですよね。

みんな見て見ぬふり。

 

ただの喧嘩だったり酔っ払いが暴れているとかなら外国人でも仲裁に入る人と入らない人は分かれると思うのですが、明らかに不道徳なことをしていて、それによって危ない目にあったり、困っている人が出た場合欧米では仲裁に入ったり、また他人ごとなのに戦う姿勢まで見せます。

 

日本ではどうでしょう。

 

例えば公共の場で言い争いをしている一般人たちがいてそこにあなたが居合わせた。

片方がとても不当なことをされている、もしくは子供や障碍者などで弱い立場がいじめられている。

 

ほとんどの場合声もかけないし、目で見ないようにしている。

日本は何にもしません。

 

中には正義感の強い人が助けに行ったり、仲裁・抗議したりしに行くケースもありますが本当にそんなの1~2人の世界です。

 

日本人は欧米人たちに比べて人助けは面倒ごとだからと他人に関わることを避け、その結果困っている人や明らかに不遇な状況にいる人達は自分たちで何とかしなければならないのです。

 

それを当たり前だと思っている文化。

 

ここの部分だけ比べると全く優しくないですよね。

日本人は他の国と比べて律儀で時間やルールやマナーに厳しい人種です。

 

ただ日本人って常識があるだけで、何一つ優しくもないむしろ冷たい良識のない国民だと感じるようになりました。

 

日本人が人を助ける場合の多くが自分にも利益があったり、関係がある場合などが多い。

損得でしか動けないのです。

 

関わったらめんどくさいことになるなと思ったら、目の前に困っている人がいても素通りしてはいないでしょうか?

 

日本人のタイプを見ると団体行動を好むが、トラブルや問題ごとなどのマイナス面に対しては個人戦になる。

個人行動を優先し重要とみているが問題が起きたら団結して大きな力で立ち向かう欧米人とでは明らかに日本人は冷たい国民のようにも感じる。