バンクシーが描いたパリにある作品が盗まれた なぜ名画は盗まれるのか




バンクシーの活動

バンクシーはイギリスが代表する覆面ストリートアーティスト。

バンクシーの活動起源は明確にはされていないが20年以上という期間は経っているだろう。

 

バンクシーのストリートアートは約25年ほど前に作品として称されているが、その前までは壁に無断で描かれた”らくがき”であり何度も消されたという。

しかし彼の描くらくがきの内容は社会的な風刺画を描いており見る者の心をつかみ、消すには惜しいと残されるようになりました。

 

初めのうちはバンクシーの絵と思われるものはその他のらくがきと同様に消されていたそうだが、絵の内容と高クオリティーな仕上がり、また彼の素性は何もわかっていないその突き抜けたミステリアスなキャラ作りから今では世界から注目を集めている。

 

大手の企業からバンクシーへの作品のオファーがあったが彼はそのすべてをことわり、彼は金目的で描いているわけではないことが伺える。

 

今回そんなバンクシーがフランスのパリにあるコンサートホール「ルバタクラン」の裏口(非常扉)に描かれた絵が扉ごと盗まれたという事件にが起こった。

この事件についてパリのコンサートホールのFacebookでは怒りを訴える投稿もされています。

 

 

盗みは金目的ではない説

名画や石像など高価な美術品を盗み転売しお金に換えているのではというのが一般的な発想。

もしくはただただその作品を自分のものにしたいからという何ともわがままな泥棒も存在するだろう。

 

しかし個人的に転売し金銭にするために盗んだというのはこの事件には当てはまらないように思う。

また今回の事件は複数犯によるものとされており個人の趣向のための犯行とも思えない。

ただ闇社会での取引に使われるなにかとなるならば私はコメントのしようがないが今回はそのどれもを外した見方をしたいと思います。

 

今回盗まれた作品は2015年にパリでテロが起きた現場のコンサートホールの非常扉に描かれた追悼作品です。

作品はベールをかぶった女性がうつむき加減で悲しそうにしている様子が描かれている。

 

HYPEBEAST より参照

 

この2015年のテロ事件で90人が犠牲になり、人々は悲しみに包まれただろう。

その事件と犠牲になった人々を失った者の悲しみを忘れさせないための作品と言えます。

 

パリの人々からはこの作品はとても大切にされてきたという。

 

しかしこの作品が2019年1月の25日から26日にかけてフードをかぶった団体が扉を機材で破壊し車で持ち去ったという目撃情報もあり、複数犯によりバンクシーの作品が盗まれたことがわかっています。

パリの人々は強い憤りを感じていると日本のニュースでも報道されました。

 

この扉に描かれた作品はパリのテロで亡くなった人たちの追悼作品。

それを金に換えるという発想よりこの追悼作品に何らかの恨みがある者の犯行だとしたら。

 

つまりテロを起こした側の考えに沿う人間がその作品が気に食わなく盗みだした。

 

何かの考えを訴える存在でそれが社会的にまたは国民の心や思想に残るものに対しそれらに反逆したいものからすると邪魔でしかないのである。

フランスは自由の国と言われている国である。

 

追悼の陰にある何らかの思いが一部の集団にとってはその表現を取り除くことこそが自分たちの考えの表し方としたらこの盗みはただの盗みではなくなります。



盗んだ作品を人質にする

人質にとる

世界的に有名な多くの美術品が盗まれ、いまだにその作品の在りかがわかっていないのも多くあります。

あまりにも有名な絵画などであるとそれをどこかへ持ち運んだりお金に換えるために売るという行為は自身が犯人であると公言しているようなものです。

 

では何故名画を盗るのかという考えになると思いますが、その名画を人質になにかをして欲しいという場合。

これはフェルメールの作品盗難事件でとても有名な話があります。

 

フェルメールの作品が数点美術館から盗まれたことがありました。

その回数も1度や2度ではあらず、中には6回程も盗まれた作品もあるとのこと。

 

犯人の中には自らフェルメールの作品を盗んだ犯人だであることを公で告げ、名画を燃やしたり気付付けられてくなければ自分たちの要求を聞いて欲しいという作品を使った人質が何度か行われています。

 

バンクシーが劇場の非常扉に描いた作品ももしかしたら人質の代わりのように使われる可能性はあるかもしれません。

もしそのような目的のため盗んだのならばどのような要求かは分かりませんが、その要求が必ずしも人々苦しめるものではないのも事実。

 

フェルメールの作品を人質に取った1つの事件で国を動かしたともいえる条件を出された事件がありました。

1971年アムステルダム美術館からベルギーのパレ・デ・ボザールで開催されたフェルメール展覧会に『恋文』という作品があった。

 

その恋文はナイフでキャンパルを切られ盗まれる事件が起こった。

絵画を盗んだのはベルギーの青年がした犯行であった。

 

犯人は東パキスタンの難民の人々が貧困に苦しんでいて助けを必要としていることを訴え、難民に義援金を送ることを要求しました。

とても社会的な問題を世界の名画を人質にとっての訴えです。

結果的にこの青年は逮捕されましたが、パキスタン人の難民に義援金を送る動き国は見せました。

 

反バンクシーが盗んだのか

反対側の考え

テロにより90人の犠牲者を出してしまった事件の追悼の作品。

その追悼されていることに怒りを覚えているとしたら上記で書いたようにテロ側の考えを持つ人間の仕業。

 

しかしそれ以外にバンクシーが絵で訴えている社会の風刺・反資本主義・反権力などといったバンクシーが持つもっと根本的な考え自体が違うと考える者たちの犯行。

 

バンクシーがテーマにしている弱い者の立場の考え方を訴え、それを公共の場に描き活動している、その行動自体に反逆的な考えを持っていたとしたらこれはバンクシー狩りの様な犯行である。

 

もちろん彼の作品が盗まれることは今回が初めてではなく、壁ごと抜き取られ持っていかれたりするケースも多々ある。

 

多くはバンクシーの作品を独り占めしたいなどからの欲求からの盗みだと思われるが、もっと宗教的ともいえる根源から起こった盗みだとしたら、バンクシーが訴える考えを盗むことでその訴えを打ち消したいと訴え返しているようにも思えます。

 

今回パリという”表現は自由だ”と国のカラーとして挙げている場所にあった作品。

そしてその作品の背景には同時テロによる多くの犠牲者の追悼として描かれた作品。

 

人々の悲しみを忘れないためともいえるとてもセンシティブな思いが詰まった作品に何を思ったのか。

この作品が盗まれたという事件のもっと思想的なものを探ると反対派のいろんな考えや不満などが見えてくるようにも感じます。



バンクシーは作品が盗まれたり壊されたり消さりたりすることも想定している

バンクシーがしていることは公共物に落書きをするという犯罪行為です。

 

バンクシーの作品が人々によって価値がつけられオークションにも出され高値で売られている。

しかしこの評価になるまではらくがきだと消されたりした作品もあれば、壊されたりという過去があったり、今では今回のように盗まれることもある。

 

傷つけられたくなく大切に保管したければ美術館で展示して守ることもできるが、それを多くはしておらず街のシンボルや名所にしている。

価値のあるものとされているが、いわば野放し状態である。

 

バンクシー自身もオークションで自分の作品に値段がつけられ売られている様子をあまり良く思っていないことから、彼はらくがきのままの価値で彼が描いたその場所に居て欲しいというのが本音のように思う。

また落書きなのだから時には消されてしまったりする。

壁に描いた絵(らくがき)の儚さをと無断で描いているという犯罪行為が今では彼が有名になってしまったため作品として重宝され守られている。

 

彼がいまだに覆面アーティストとして素性を明かさないことから、自分がしていることはらくがきであり悪いことには変わりはないと思っているからだと思われる。

なので公共の場で描いた作品がどうなってしまっても彼はその末路については想定しているのでしょう。

 

今ではバンクシーの作品は世界を超えて多くの人々の心に残るものが多いです。

パリの人たちにとっては腹立たしい事件ではあるが、このような事件がどこかで起こってしまうことは、バンクシー自身が活動を始めたときから想定内のことだったのではないでしょうか。

 

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