留学が辛いからとすぐに帰国 オーストラリア留学が合わなくて帰国した留学生の話

イギリスからオーストラリアに移ってから住んでいたアパートでの最初のルームメイトの話です。

私のオーストラリア生活での初めてのルームメイトはチェコ人の28歳の女性でした。

 

彼女は私より10日ほど早く来ただけで私とあまり変わらない時期にオーストラリアに留学生として来ていました。

そんなルームメイトが目に見えて出不精になり登校拒否、最後にはお金を捨てることになるけどチェコに帰っていった話を書いていきたいと思います。

 

日本人留学生でもたった2週間なのにもう帰りたいと言っている人、実際帰ってしまう人も見かけますしこれらは珍しい話ではありません。

当たり前かもしれないけど、せっかく留学に来たのにまだ日が浅いのにもかかわらず帰国したいと考えるのはどの国の留学生にも言えますし、また年齢も関係ないと思いました。




ルームメイトのチェコ人は英語が話せない

部屋に案内されて下着のような格好で部屋にいたルームメイトのチェコ人。

名前はマルティナといいます。

 

顔立ちがヨーロッパ系でもあったため構えて話しかけたのですが、彼女は私の英語を理解しておらず初めは自分の英語の能力を疑っていました。

しかし生活を共にするようになって2日ほどで

“あっマルティナは全く英語が話せないんだ。”

と気づきました。

 

彼女は8か月間の学生VISAを取得して英語を学びにオーストラリアに来たという。

レベルはElementary(初級)クラスと言っていました。

あいさつ程度の英語が理解できるレベルです。

 

初めはマルティナと意思疎通するのが難しかったし、彼女はみんなで群れるより一人でいる方が好きなタイプの女性に見えました。

だけど話しかければ必ずにこっとして挨拶してくれるし、話にも応じてくれます。

人と話すのが嫌いなわけではなく、マイペースで自分の時間を大事にするタイプの人でした。

 

私もオーストラリアに着いてすぐの1か月(4週間)は語学学校に通っており朝から部屋を出ていました。

マルティナも私とほとんど同じ時間に部屋を出てたまに電車が同じになることもありました。

お互い午前中の授業なので朝8時にアパートを出て、マルティナは14時くらいに帰宅し、私は15時半ごろに大体いつも帰ってきていました。

 

マルティナとは他のアパートメイトと一緒に旅行へも何度か行ったりもしましたが、オーストラリア生活が2か月目に入り始めてから彼女の様子が変わってきました。



登校拒否をして部屋に引きこもるがジムには通う

いつからかマルティナは今日は学校休むといって部屋で過ごしたり、遅刻して行くといって結局行かなかったり、最終的には自身で設定した目覚ましのアラームが10分置きで1時間も鳴り続けていたのに起きようとしなくなりました。

 

同じ部屋で仕切りも何もない空間だったため、私へのは被害がそこそこなものではありましたが…。

 

マルティナがだんだん学校へ行かなくなってきたのを見て私は初め

“なんて怠け者なんだ”

と思いました。

この頃からマルティナは月曜日から金曜日まである5日間の授業で2~3日ほどしか行かなくなっていました。

たぶんこの時は半分めんどくさいから休もうという気持ちもあったと思います。

 

私たちはルームメイトとしていろいろ話してきた仲でもあったため呆れつつもあまりに部屋から出ないマルティナが心配だった私は

“お金を払ってきているんだし、学費がもったいないよ。

学校行った方がいい。”

と登校を促したり

 

“学校で嫌なことがあったのか?”

とクラスメイトとの関係や、言葉の壁からくるストレスなのかと思って聞いてみたりもしたが彼女の答えはいつも

“学校は楽しいし、クラスメイトとも問題なくやっている。”

というようなニュアンスの拙い英語で学校には不満はないとはっきり言っていました。

 

学校が嫌いではないと口では言っていたが、彼女はついに1週間丸々学校を休んでしまった週が出てきました。

そして次の週からも全く行かなくなった。

笑顔も日に日に無くなっていきました。

 

私が住み始めた頃はマルティナは毎日学校に通っていたし、休むときもバイトの面接があるなどのちゃんとした理由がありました。

 

マルティナが帰国することを決めるまではだらけていると受け取っていたのですが、その決断を聞いてから思い返すと明らかにもうオーストラリアに居たくない、帰るべきかと悩んでいるたんだなと思いました。

 

また彼女は1日のほとんどを部屋にある簡易なベッドの上で過ごすようになりノートパソコンで映画をみて1日を過ごしていました。

ベッドルーム

ちなみにベッドはこんな感じで何の仕切りもありません。

 

 

彼女はほとんど外に行かなくなっていましたね。

夜になって日が沈み、気温が下がる時間帯に出かけてくるといってスポーツジムか近くにあった広場で10キロほど走りに行っていたようでした。

 

体を動かすことは好きな人でしたし、私も10キロとか走れるようになりたいなんてマルティナに話すと

“個人が持つ体力はそれぞれ違うから自分に合ったペースで運動するのが一番だよ。”

と大人らしい見方と発言を持っている人でもありました。

 

目覚ましが1時間鳴り続けているのに起きない

マルティナの様子がおかしくなってきていて、学校にも行かずいつみても部屋に引きこもりがちになった。

 

私は4週間がたって語学学校を修了しバイト生活へとシフトしました。

お互いの生活リズムによる部屋にいる時間帯がずれはじめることで、ルームメイトがいるといっても少しばかりの1人の時間を部屋で過ごすことができて解放感に浸れるのはルームシェアでのあるあるな話。

 

私は仕事で丸々1日いない日もあったのでマルティナにとってはその日は部屋で何しようが自由なわけです。

もちろん外出してもいいし。

 

しかし私の場合は同居人がどこかの時間帯だけいない時間極めて少なく、私のプライベートタイムはほとんどありませんでした。

 

それに加え毎朝6時にマルティナの携帯のアラームが鳴り始めるがマルティナも寝たまんま。

アラームを止めたとしてもスヌーズ設定のため10分置きくらいにまたけたたましく鳴り初めてしまい、何日か続いた日には私も限界が来ていました。

その時の私の生活は平均夜10時過ぎまで働いて帰室し、シャワー浴びてご飯を食べて、1時には寝る生活。

朝の9時くらいまで寝るのが私のライフスタイルでした。

 

1~2回のアラームくらいなら別に気にならないけど、その目覚ましは6時から7時までの1時間スヌーズ設定で鳴り続けていることがほとんどで、7時を過ぎてやっとマルティナは起き上がるがトイレに行ってまたベッドに横になる。

“結局起きへんのかい!行かへんのかい!!”

と何度も思ったし、それなら目覚ましをセットしないで欲しいとも思いました。

 

これに私は1か月以上も耐えました。

絶えた方だと思います。

 

マルティナの生活は私にも危害が出ておりかなりのストレスを感じていました。


一人部屋になったことがきっかけで帰国を決意

そんな日が1か月ほど続いたある日に私の住んでいたユニットにある別の部屋が空室になることがわかりました。

 

ユニットメイトがいつ出ていくのは普段からコミュニケーションをとっていたので分かっていたのですが、新しい入居者の知らせも来ていなかったので1人部屋を持てるかもしれないというチャンスが来ました。

 

ちなみに私が住んでいたアパートは4つユニットがありそれぞれのユニットに3部屋が備わっています。

その部屋の全てが2人まで入居可能な完全シェアルームです。

 

私はアパートの管理人と事務員の人に事情を話しマルティナと部屋を別にしてもらってそれぞれ1人部屋で過ごせるようになりました。

 

私がマルティナと住んでいた部屋の半分ほどの大きさの部屋でしたが、一人になれた解放感でぐっすり眠れました。

1人になった日の2日後、私の部屋にマルティナが尋ねてきました。

 

“私の服や日用品、バッグとかいらない?”

と突然マルティナに言われました。

 

え?どういう事って聞きながらマルティナの部屋(元私たちの部屋)に行くと大きなキャリーケースに荷物が詰め込まれていました。

 

“私は今週の金曜日にチェコに帰るわ。

だからあなたがもし私の服とかカバンが欲しかったら貰って欲しいの。”

とマルティナに説明されました。

 

予兆はかなりあったものの突然過ぎました。

というか私はまさかマルティナが帰国するとまでは思っていなかったんです。

 

私が部屋を移ってから2日目に彼女は決断を下したようでした。

 

きっかけは私だったのかなとちょっと責めましたね…。

 

ですが彼女も28歳の社会人経験をしてきた大人の女性です。

人の行動で自分の決意を決める人ではなかったので、相当悩んだ結果とお互いが一人部屋になった時期がたまたま重なったと思いたいですね。



大金を失うことになるがそれでも自分の国に帰りたい

私はマルティナがチェコに帰るのがかなりショックでした。

あんなにストレスで耐えきれなかった生活だったけど、同じ部屋で2か月ちょっと、3か月近かったかな、それほどの時間を一緒に過ごしたんです。

 

だからなんで帰国をするのかという同じ質問を何度もしたと思う。

 

マルティナは学校に行かなくなった理由やまたは英語能力、もっと言うとオーストラリアの生活などでいろいろ考えていたようだったけど、彼女が引きこもり始めてから、つまり悩みだしてからこれらの話をアパートに住んでいた友達の誰にも相談することはありませんでした。

 

だから私を含めマルティナが引きこもりがちになっていることを知っていたアパートメイトたちもマルティナは怠け者だな程度にしか思っていなかったんですね。

 

私もこうなる前に、来た国は違うけど同じ境遇ではあったから少なくとも理解できるるところはあると思い学校が休みがちになり、明らかに暗くなってきたときに何度か

“話を聞くよ”

話しかけたこともありました。

しかしマルティナは

“これは私の問題だから。”

と話したがりませんでした。

考えていることを自分で決断したいタイプなんだなって思いましたね。

 

そんな彼女だったけど飛行機のチケットが確定して帰国するのが決まってからこういいました。

 

“オーストラリアでの生活は私には退屈すぎた。

私は仕事をしたい。

自分の国に帰って停職していた仕事に復帰したい。

それに残してきた愛犬に何よりも会いたい”

 

このオーストラリアでの生活はつまらない、特に仕事が…という理由は私も共感していた部分でもありました。

私は日本食レストラン、マルティナも飲食店で週1で働いていていました。

 

留学もワーホリもいってしまったらアルバイト感覚の仕事が多いです。

学生の子たちからすると違うかもしれませんが、1度社会人になって会社で働いてきた人間からするとやりがいがそんなにない仕事だったんです。

 

マルティナはチェコでの仕事はネイルアーティストもしつつ、会社の事務員でもあったためやっぱり企業で勤めて責任があってやりがいを感じる仕事をしたいと葛藤していたんだろうな。

 

オーストラリアではそれができないから苦痛になり、こんなことしてていいのかという気持ちになったんじゃないかなと思いました。

私自身もこの気持ちは何度もなったので。

 

私たちは自分が自分の国にいたときの仕事の話や、家族や恋人の話などして結構深い話もできる仲になっていたのでお別れが寂しかったですね。

マルティナにとってオーストラリアでの生活は合わなかったようでした。

 

それから2日後の金曜日にマルティナは語学学校に支払った残り5か月分もの学費・たしか500ドルって言ってたかな、それと先払いであるアパートの宿泊代をドブに捨てることになってしまったが帰る日は清々しい顔をしていました。

 

ちなみに500ドルは日本円で40万円ほどです。



途中帰国が諦めではない

マルティナのように留学を途中で諦めて帰ってしまう人は目立たないだけで結構いると思います。

 

隣のユニットにいたスロバキア人の男の子は”マルティナは英語を学ぶことを諦めた”と言っていたのですが、彼女にとってはここオーストラリアでの生活は自分にとってプラスにならない、もしかしたらマイナスかもしれないと思っていたかもしれない。

 

帰りたい理由が、自分がしてきた仕事に戻って自分が求めている役割を持ちたいと思ったからここにいては腐ってしまう、そんな人は『諦めた』んじゃなくて自分の道を自分で決めて方向転換したんじゃないかなって思います。

 

ただ言いたいのが、英語分からないし生活環境が合わないしという愚痴を理由に帰るのは後悔すると思います。

 

 

留学をして何か違うなぁと思った先に自分がやりたいことは何なのかがしっかりと分かっていて、それが帰国に繋がるなら留学生活を終わらせてもいいんじゃないかなって思います。

 

まぁここまで考えなくてもVISAがある限りまたいつでも再入国できますしね。

1度帰国することが永遠に来られないわけではないので、悩んでいて前に進めないならば帰国することを大きな問題と捉えるのではなく『一時』帰国程度で考えて良いと思います。

 

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